Memory -The FirstProduce-

  • Day:2010.11.23 22:57
  • Cat:総合
原点美希

この記事をまず参照ください。



昨日、上の記事で述べているビデオを観ようと家中探してみたのですが、どうしても見つけることができませんでした。
2時間録りで、二十数本もあります。
約50時間分の、大事な大事なプロデュース記録。

狭い家で、どこかに紛れ込む量ではありません。
どうしてもあきらめきれなくて隅から隅まで何時間も探しました。
ちょっと泣きつつ。

結論としては、無い、と。
昨年、引っ越ししたことがあったのですが、その際に何かの手違いで荷物に含まれなかった、いや、含まなかったのかもしれません。
引っ越し終わった時点で、ちゃんと確認しなかった自分のミスです。
本当に大切なものだったのに。

こんなことあるんだな、と。
よりによって、コレが無くなるなんて。


事実を事実として受け止めると、やっぱりショックでした。
twitterでも書いた通り、ビデオテープという「HDDのデータのようにある日突然消えることのない」アナログ媒体に記録されている美希との思い出、というものを、自分はどこかで原点として支えにしてきた部分があります。

けれども、とっくの昔にそれは消えてしまっていた。
それに気づいたのが、再出発に設定していた11月23日の前日。

あまりにもタイミングが良すぎました。



けれども。
それによって、自分は気づいてしまったのです。
過去に支えられていると思っていたけれども、本当は、それが無くてもとっくに自分は立っていられるし、前に進んでいけること。

「思い出は無くなっても、何度でも、また作り直せばいい。ゆっくり時間をかけて」

そう言ったのは美希ですが、それは心の持って行き方としては確かに正解なのです。
本当に大切なものが、隣にあるのだから。
誰かと生きてくというのはそういうことです。



そもそも、美希との初プロデュースからの思い出そのものが無くなったわけでもありません。
心に刻まれている、というだけでなく、ちゃんと、形として残ってもいるのです。


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これは、自分の、印象深すぎた初プロデュースをまとめた動画です。
再生数は伸びませんでしたが、自分にとってはとても大切な、宝物的動画。

これを作るために当時、ファーストプロデュースの一部を、キャプチャしてデジタルデータ化していたのでした。
調べてみると、それは今もちゃんと、HDDの片隅に残されていました。




ファーストプロデュースは、特別なものです。

エンドレスプロデュース&ファーストプロデュース



この「一回目」が無かったら、今の自分はありません。

システムも何も分からない状態から、手探りで進んでいきました。
後半はオーディションに失敗しまくり、焦って大きなオーディンションに挑戦してはさらに敗戦を重ねる、というぼろぼろぶり。
リセットはせず、一発勝負の一年が過ぎ、結局ぎりぎりランクDに上がったところでプロデュースは終了。

美希とはそこで、別れることになります。

ただ、それだけなら、自分がいつまでも美希だけを選ぶ、なんてことは無かったでしょう。




ランクDエンドの最後。
最後の別れ際、「じゃあ」と手を振った美希は、ほんのかすかに涙を浮かべるのです。

びっくりしました。
直前まで、少し寂しそうな顔はしつつも笑顔で会話していたから。
一瞬見間違いかとも思いました。(当時はSD画質で見ていたこともあって)


いつもマイペースで、おおむね明るい表情を見せる美希。
そんな美希が別れ際、最後に不意に覗かせた、裏側の感情。

泣いてくれるんだ、とびっくりしました。
アイドルとして大成功とは言い難い、ランクDでの結末。

第一印象お互い最悪の出会いから始まって、たいしたことをしてやれていなかった、ただ二人三脚で一年間一緒に一歩ずつ活動してきた。
そんなPとの別れに。

別れを止める間もなく、画面はすぐにホワイトアウトします。
だからこそ彼女の目に光ったもの、それが頭に刻み込まれて、もうどうしようもなくて。

次の一年も、美希を選ぶしかなくなっていました。
笑ってほしい、一年が終わったあと、美希にただ、笑ってほしいと無性に思いました。

振り返れば、あの瞬間、美希だけと歩く道に、足を踏み入れたのだと思うのです。





ビデオテープは消失しました。
失くなるべくして失くなったのかもしれません。
もう形としての過去は無くても、自分は大丈夫みたいですから。

ただ、ちょっと未練がましいかもですが、今あるファーストプロデュースのデータの断片だけは、ちゃんとまとめて、動画として残しておきたいと思います。
これを、WEPとしての、新しいマイリストの最初に置きます。

出会いから、ラストライブまで、数本の動画としてまとめて。



そこから、

彼女の涙から、



俺はもう一度、新人に還った気持ちで、美希との日々を再出発しようと思います。




美希とプロデューサー

  • Day:2010.11.05 00:36
  • Cat:総合
美希とプロデューサーについて

Whoの最終目標であり、根幹・原動力でもある、活動そのものの普遍的テーマはたったひとつ。
「美希と美希担当プロデューサーの縁結び」である。

ここで言う美希担当プロデューサーというのは、ゲーム内に登場する「ミキのプロデューサー」というキャラクターのこと。
わざわざ縁を結ぶまでもなくその絆はすでに堅固に確立されているという意見もあるだろうが、まだまだ全然足りないのだ、筆者的には。


かつて、筆者が「who」から「hsc」に動画作者としての名義を変えた理由は、whoが「P」に近づきすぎてしまったためだった。
ある時期には、動画制作者である自分と、動画に登場するwhoPに区分が無かったように思う。
無論、この時期が筆者の中に、美希への確固たる思い入れを溢れんばかりに育てたのは確かである。


しかし、「美希はPと結ばれなくてはいけないのだ。それこそが美希が世界を繰り返して辿りついた真理であり、彼女自身が選んだ最高の幸福であり、何よりもアイドル・星井美希が全身全霊をかけて活動にかけ、その真価を余すことなく発揮するためのパートナーの獲得という絶対条件に結するのである」と机を叩き唾をまき散らして論を張っても、そのPを自分と想定していては、「色々理由をつけて美希とラブラブになりたいだけだろうお前」という一言で論理は瓦解し、水泡に帰してしまうのである。

だからこそPから離れた視点が必要になり、hscという名義でremembranceという回想譚(未完)を書いたのだ。



て、ここで一旦、プレイヤーから離れた、「美希のプロデューサー」というキャラクターの心情に視点を寄せてみよう。

大人と子ども、社会人と中学生(高校生)、プロデューサーとアイドル、保護者と被保護者の関係。そして、職場の同僚(パートナー)。恋人。
それがゲーム内における、最終的な二人の関係性である。

物語の中でどれだけ美希が幸福そうにしていたとしても、「自分と恋愛関係になることが本当に彼女のためになるのか」「生涯のパートナーとして自分が本当にふさわしいのか」という疑問は、前者は彼女を愛し大切に感じるほど、そして後者は彼女が成長するほどに深まるジレンマである。

彼女を世界一評価するPなればこそ、その隣に立つのが自分であることに不安と疑問を抱くだろう。
しかし、彼女自身は彼を、

「自らが雑事に心煩わせることなく最大限の力を集中して発揮するために必要な、公私共にマネージメントを任せられる、全幅の信頼のおける理解者」

=最高のパートナー(恋人であると以前に、唯一無二の仕事上の相棒)として最高に評価しているのだ。



美希の想いはゲームのラストでプロデューサーに届き、ベストエンドにおいてPは「ずっと美希のそばにい続ける」という約束を結ぶ。
そして、その後に届く社長のメールにおいて、二年後に至るまで彼が美希一人だけをプロデュースし続けていたことが明かされる。



かく恋愛物語と認識されがちの美希の裏ルート、通称・覚醒ストーリーだが、実は、「アイドルとプロデューサー」という関係における、ひとつの完成形に踏み込んだシナリオとも言える。

なぜなら美希のこのルートは最後まで、アイドルとプロデューサー、という関係ありきの物語なのである。
芸能界を引退して普通の家庭を築くという選択肢は一切無い。
関係を変えながら、お互いがそれぞれのステージで高見を目指すというものでもない。

あくまでも、生涯一緒に芸能活動を続けるという前提で求め合い、形作られた関係、つまり、
「運命の仕事仲間として出会ったアイドルとプロデューサー」を体現したものである。



表(ビジュアルスター)のルートで美希が願いつつも最終的に手に入れることができなかった唯一のものが、「終わらないプロデュース」であることからも、「覚醒」美希の物語のテーマが、「アイドルとプロデューサーの関係のひとつの答え」であることは明らかだろう。

裏(覚醒)ルートは、表ルートのように、究極のアイドルを目指すストーリーではない。
アイドルとPがそれぞれの能力を認め、芸能人生を添い遂げる覚悟を決め、一人と一人の夢が、『二人の夢』に収束するストーリーなのだ。


ラストのメールで美希は、「ハニーは、ミキのたった一人のアイドル」と語る。
トップアイドルにとっての特別なアイドル。
つまりこの瞬間、プロデューサーは「アイドルのマスター」ではなく、本当に「アイドルマスター」となるのである。






わかりいただけただろうか。

「筆者がPだから美希とPが結ばれるべき」なのではなく、「Pと美希の関係性やお互いの成長の日々や不器用に重ねていく思いの数々や最終的な絆の深さ」に感情移入して、たまらなくあのコンビが好きになったから、筆者は彼と彼女を応援したいのだ。
 ひたすらソロプロデュースを繰り返した自分にとっては、アイマスとは、「アイドルとPのコンビによるサクセスストーリー」なのである。(これは、あくまでも筆者の場合)

とにかく、美希の真価を発揮するためにPの能力は不可欠であり、Pの能力を開花しきるにも、星井美希と言うパートナーが必要である。
だから、二人は結ばれなくてはいけない。




ゃあ、と。
プレイヤーとそこまで乖離させてまでPを持ち上げるんだな、美希のために最高のプロデュース資質を持つPに祭り上げるんだな、お前はPじゃないんだな、つまり美希が星井くないということだな、と問われれば、もちろん、やっぱり私はPです美希が星井ですと答えます。

それがモチベーション維持の最大要因であることに異論はない。
であればこそ、こんなブログ運営を、プロデュースなどとのたまっていられるわけだ。


え、矛盾?
長々と語って最後にそれかって?

いいのだ、そこはアバウトで。

○か×かの問題じゃない。
本末を転倒させてはならない、とにかく言いたいのは、それ。


そこらへんのあれこれを曖昧にするために、今度はWorldEndProduceなどという名義を立ち上げたのである。
whoだのhscだのWEPだの、いい加減名義増やしすぎだろうという感じだが、そのおかげで作者とPのイメージが剥離するはずだ。




細かい機微は、自分だけの心の世界で把握しておけばいいのだから。

アイマスのシナリオ構成

  • Day:2010.11.04 00:29
  • Cat:総合
の活動の主旨のひとつとして、今でも筆者が本当に素晴らしいと感じている、ゲーム版アイドルマスターにおけるシナリオへのリスペクトを挙げておく。
ストーリーの内容ではなく、その構成についての考察である。
「アーケード」、「Xbox360版無印」、及び「SPのフリープロデュース」限定の話題となる。


アイドルマスターのストーリーは、プレイヤー(=プロデューサー)が、ゲーム内で「営業」を選んだ際にアイドルと交わすコミュニケーションシーン(以下、コミュ)の積み重ねによって体を成す。
ひとつひとつのコミュはそれぞれ独立した断片であり、フラグなどによる連続展開やエンディングへの影響は基本的にはない。
このため、多くの人は、「アイマスにはちゃんとしたストーリーがない」と思い込んでいるのだが……その見方はある意味正しく、ある意味で間違っている。
ゲームとしてのアイマスは、プレイヤーによって(あるいはプレイ回数によって)通過するコミュも選択もまちまちなため、どのコミュを見ても(あるいは見なくても)エンディングにつながるよう筋が通った構成になっている。
プレイの数だけ、無数のストーリーが生まれるシステムとも言える。
一方でプレイの仕方によっては、たとえベストエンドまで進んだとしても、アイドルの個性のごく表面しかなぞれない可能性も高い。

この作りこそ、アイマスシナリオの致命的な欠陥であり、無類で最高の魅力でもあるというのが筆者の意見だ。



ず、コミュの数は一アイドルあたり100近く(あるいはそれ以上)存在し、そのほとんどのコミュでストーリーが分岐する。
一つのコミュに3通りの展開というのが基本である。

選択肢の結果によって、パーフェクト、グッド、ノーマル、バッドと判定が下され、アイドルとの信頼関係や思い出に影響するのだが、厄介なことに(あるいは魅力的なことに)、ノーマルやバッドの選択の中にもパーフェクトな展開では語られないアイドルの本心や、他のコミュとつながる伏線、裏テーマなどがちりばめられており、アイドルの個性とストーリーの全貌を把握するためには不可欠な要素となっている。

たとえば、一人のアイドルの物語を把握するために、3×100=300通り、一コミュの所要時間を三分と見積もると、300×3=900分。
コミュをすべて網羅するためには、おおよそ15時間をかけなくてはいけない計算になる。
メールや祭典、休日コミュ、事務所移転なども含めると、さらに増大する。
全アイドルとなれば、さらに桁がひとつ上がる。
これに実際のプレイ時間……オーディションやレッスンや朝晩の挨拶などを加えると……
(全アイドルの全コミュ全選択肢全エンディングを見たという人間は、地球上でも片手で数えるくらいしかいないんじゃないだろうか)


も関わらず、一回のプロデュースで見ることができるコミュはそれほど多くない。
より多くのファンを獲得するためには、レッスンやオーディションに比重が移りがちだ。
たとえばベストエンドを見るためにランクAを目指すとすれば、コミュに使える回数は20に満たないだろう。

つまり、普通にプレイしていると、ストーリーを把握するどころの話ではない。
断片、小エピソードの羅列としか感じられないのだ。
担当できるアイドルが十人以上いるゲームだということも、その傾向に拍車をかける。

一アイドルのみを繰り返しプロデュースし続けるなど、よほど偏屈なプレイヤーしかやらないであろう。

ただし、そういう変人が五回、十回と繰り返し同じアイドルのストーリーを追っていくと、
「あのコミュはこれの前日談か」「このコミュはあっちのコミュの解決編だよな」「ここで低ランクの伏線回収とか、構成すごすぎ……」という具合にコミュ間の繋がりがどんどん見えてきてしまう。
しかし、変人が「アイマスのシナリオはすごいんだぜ」と叫んでみたところで、周囲は「うんうんそうだね」と引きつった笑顔で後ずさりしてゆくのみである。
思い醒めやらぬ彼はきっと、ネットで持論を展開するに違いない。
つまりこのブログである。



は、コミュをまたいで直接続くシナリオもわずかにある。
例えば、伊織のランクD「ある日の風景4」はなぜか警察署前での会話だが、これは「一日署長」コミュの直後の話だから。(ある日4でも、「一日署長さん」とPが伊織に呼びかける)
「一日署長→ある日の風景4」の流れであり、この二つのコミュは「伊織が一日署長」であるがゆえに同日のお話である。
ゲームシステム上は、一週間に一コミュしか見ることが出来ないので矛盾が生じるが、スタッフはそれを承知で構成したのだろう。
「ある日の4」とつなげるのは他のコミュでもよかったはずなのに、なぜ「一日署長」を選んだのか。
これ以上語ると伊織論になるので、あとはその道の人におまかせしよう。

例外的にストーリー分岐のある360版の美希の場合は、裏と表でも、かなりのコミュが背中合わせ(あるいは鏡合わせ)になっている。
裏表だからこそ成り立つ絶妙な対比。
これについては今後全力で、当ブログにて語っていくつもりである。



隅と際限なしにピースのハマり続けるパズル。
その結合っぷりは、さながら脳のシナプスの如し。
ギャグネタの無意味なコミュと思っていたあれやこれが、実は、アイドルのテーマと密接に関わっていたりするのだからライターの力量に感服する他ない。

こうして、ごく一部の人間は、アイマスシナリオの類い希なる深みにどっぷり浸ってしまうのである。
企画段階から意図されたものなのか、結果的にこう出来上がっただけなのかは知らないが、この手法(技法?)は、より研究・洗練して、確立させていく価値があると思う。
アイマスの範疇にかかわらず、個人的にはシナリオゲームのひとつの可能性とさえ感じている。



談だが、これはエンディングについても同様である。
成功と失敗は裏表、低ランクからおおよそすべての成功/失敗エンディングに伏線とともに、それぞれのアイドルを理解するために重要なテーマが隠されている。
だが、お気に入りのアイドルですら、すべてのエンディングを見たわけではないプレイヤーがおおよそ大半ではないだろうか。
(かくいう筆者も、美希のランクFエンドは未見である  2010.11/3現在)

たとえば、「じゃあねなんて言わないで」と美希が語り、「またな」とプロデューサーが応える結末も存在する。
「ミキをポイしちゃうんだね…。明日からは別のコと……」と非難されるエンディングと合わせて、

私のものにならなくていい そばにいるだけでいい
あの子にもしも飽きたら / わたしのことが好きなら
すぐに呼び出して


と歌うrelationsの歌世界が、美希のストーリー内で展開されていることが伺える。
その世界は裏ルートにて丁寧に昇華されるのだが、これ以上は余談の域を出るので別の機会に送ることにする。




びに、課題をひとつ、残しておく。
読者諸兄には是非この機会に考えていただきたい。

「何故、星井美希のある日の風景7はセクハラさんなのか」

もちろん理由がある。
アイドルを知る上で最重要な「ある日の風景」のラストが、何故あのコミュなのか。

次回の講義(?)では、これについての筆者の考えを語ってみようと思う。