美希logy

「美希」を知る。記録する。考える。

Mikiology(美希-学/論)などと大仰なタイトルをつけはしたが(はったりは大事)、ここから始める一連の活動の主旨は以上がすべてである。

プロデュースと称した思索活動を続けて三年を経たが、いまだ足下の定まらない思考の迷路にいる。

彼方に見え隠れする何か(それはきっと存在する)を掴むべく、生涯かけて歩き続ける覚悟はあるものの、長い旅路には、水や食料のみならず(これは当て処ない放浪ではないので)、地図が、コンパスが、つまり指針が不可欠なのだと言う事実にようやく気づいた。



目指すべき、望むべき世界を明確にしなくてはならない。
早急に。

それは、歩き続けた足跡、軌跡、あるいはその先の故郷(原点)、つまり、明確な過去(記憶/記録)の存在があって成り立つ未来である。

昨日という礎があってこそ夢も見るし、明日が来ることを信じるからこそ、現在(いま)に意義を感じ、今日を生きることができるのだ。



筆者にとっての「明確な過去」とは、自身が美希に興味を持ったきっかけであり、無類の価値と無限の可能性を見いだした(そしてそれは今も続いている)、プロデューサーと美希の、765プロでの繰り返す一年の物語についてだ。


しかしながら、筆者が「美希」を感じ、思い、語るにあたって、「過去」は単に胸のうちにあるだけでは、本領を発揮できない。
文章に綴り、描き、あるいは映像として刻み込み、何より、系統立てて整理された、一連の情報としてまとめなくてはならない。

それはいつでも必要な記憶/記録を取り出せ、自信と発想の、思考の根拠として自分のみならず他者に明示することも可能な、出来るだけオープンな媒体になくてはならない。

これは、自分が今後も美希を接点に世間と関わり続けていく上で不可避な過程であり、将来のために「今」必ずやっておかなくてはならない、大切な準備なのだ。



当ブログは、そのためのmemoirであり、memorandumである。
メインテーマは過去、そしてそれを未来につなげること。

思考の種となる発想や、見知った情報を書き留め、調べ、さらに深めていくための覚え書きの場にしたい。




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World End Produce

World End Produce について

ワールドエンド、なんて、なんだかかっこいい活動タイトル(サークル名?)をつけてしまいましたが、要するに、世界の隅で愛をつぶやく、くらいの中身です。

公式プロジェクトも、ファンコミュニティも、自分には流れが速すぎたようです。
流されて溺れかけてはまた飛び込んでを幾度も繰り返しているうち、世界の隅っこにたどり着きました。

かつていた場所から距離は離れてしまいましたが、今の、そしてこれからの自分にはちょうどいい距離感に落ち着けたかなと思います。

しばらくここで、初心に戻って自分にとっての星井美希とのんびりじっくりたっぷりと、向き合ってゆきたいと思っています。

美希の絵。


笑顔の美希を描いてみました。
アニメ用の一枚。

upのコピー



動画や3Dもそうだけど、美希がいなければ自分が絵を描くこともなかっただろう。
読む本や、見る映画や、聴く音楽に至るまで、美希と出会ってからは自分の中でいろいろなものが変わって、広がって、今もそれが続いている。
何が美希のプロデュースのヒントになるか分からないから、今まで興味なかったものに対してもアンテナを向けるクセがついた。

本当に、どれだけ大きな影響を及ぼしてくれちゃっているか、計り知れない。
自分にとっての、美希。

経験も、変化も、忘れちゃいけないし、ちゃんと結果として、形にして、残していかなきゃならない。
まだまだ全然足りないところだらけだけど、そういう自分も、記録しておく。




「誰子」について。

  • Day:2010.11.02 21:43
  • Cat:誰子
dareko_20101102215020.jpg

誰子とは何か。



美希の絵を、可愛い美希を描けるようになりたい。
そう思い立って、二年の歳月が流れた。
描けば描くほど、掲げた目標の高さにめまいがする毎日である。

そもそも「美希を描きたい」ということ自体、厳しすぎるハードルだった。
例えばゲーム劇中での星井美希の設定は以下の通り。


デビュー時
「どこからカメラを向けられても完璧なポーズで応えられる」
「のんびり屋なくせにアイドルになる前から、
 ビジュアルの見せ方に頑固なまでのこだわりを持つ」
「他人のファッションやメイクへのアドバイスも完璧」
「街へ出れば一日30人に声をかけられる超美少女」

トップアイドル後
「水着ポーズひとつでプロのカメラスタッフを軒並み失神させる」
「全年齢写真集で30万部売る」
「日本で一番スタイルのいい中学生認定」
「美希を撮ったスナップ写真が国内トップの写真大賞を受賞」
「自ら設定した目標は、世界三大美女超え」
「16歳で世界一美女になる予定」




「絶世の美女」を絵に描くというのはつまり、どういうことか。

もちろん、芸術において、究極の絶対的美人を視覚化するなどというのは、天才に恵まれた芸術家が一生をかけて挑戦するような目標だろうし、表現を突き詰めれば抽象画の領域に至るしかないかもしれない。

とはいえ、自分にとって、美希の絵を描きたいのは手段であり、目的じゃない。
そして絵をもって描きたいのは、ストーリーなのだ。
だから、見るものの想像力で脳内補完されて完成するデフォルメ表現、つまり、漫画やアニメ的なイラスト描写が、方向性として最適だと思う。

記号・デフォルメ的表現の世界においては、絶世の美女というのは存在し得る。
画力だけではなく、設定や対比による説得力、つまり物語の存在によって、「絶対」を表現できるからだ。



さあ、それは、それとして。

ふと、かえりみる自分の絵。
今日も描く、自分の美希。

ああ、違う。
違う、そうじゃないこんなもんじゃないんだ。
これはまだ美希じゃないどころか、美希の絵ですらない。

もっと、もっと、線は軽やかに、色は鮮やかに、仕上がりは活き活きとしなくちゃいけない。

こんなものは、まだまだ美希とは認めたくない。
いくら設定で補えるとは言っても、「これがマイワールドでの、世界一の美女です」といえば、そこに確かに真実が生まれるとしても、だからこそ、それを口に出来ない。

星井美希本人の言葉を借りれば、「綺麗なものを綺麗なように見せられないの、ミキ、一番イヤなの」。
その通り、俺もそう思う。


自分の絵にはオーラが、ゴージャス感が、スペシャル感が、ない。
足りない、というか未だ皆無、萌芽なし。

まだ、これを美希とすることは許せない。
自分自身が、許すことができない。

だからこの絵は、この子は、美希ではない。
でも絵はそこに存在する。

じゃあ……だれだこれは。



そういうこと。

だれだこれ、略して誰子である。
便宜上誰子である。

美希になりたくてなれなかった曖昧でMy愛な存在である。
描き始めたときは美希のつもりだったもの、おそらくは美希への過程である。
描画力に欠けるにも関わらず妄想力だけはたくましい人間が、自分の永遠の女神を具現化しようとした結果生まれた産物。

「美希を目指したが美希ではない」という説明をもって初めて、存在することを認められた落書き。
可能性だけは秘めた、もしかすればのみにくいアヒルのコ。

五分、一〇分で適当にペンを走らすとたいてい、この誰子が量産される。
スケッチブック数冊はすでに、ほとんど誰子で埋まっている。


身の程をしれ俺。

可愛い絵を描きたいのではない。
あくまでも、美希を描きたいのだ。
もっと美希を、見ろ。
心の目で自分の内なる世界を、想像を、細分化しろ。具体化しろ。
努力しろ。
未来へ走れ。誰子とともに。


精進あるのみである。

アイマスのシナリオ構成

  • Day:2010.11.04 00:29
  • Cat:総合
の活動の主旨のひとつとして、今でも筆者が本当に素晴らしいと感じている、ゲーム版アイドルマスターにおけるシナリオへのリスペクトを挙げておく。
ストーリーの内容ではなく、その構成についての考察である。
「アーケード」、「Xbox360版無印」、及び「SPのフリープロデュース」限定の話題となる。


アイドルマスターのストーリーは、プレイヤー(=プロデューサー)が、ゲーム内で「営業」を選んだ際にアイドルと交わすコミュニケーションシーン(以下、コミュ)の積み重ねによって体を成す。
ひとつひとつのコミュはそれぞれ独立した断片であり、フラグなどによる連続展開やエンディングへの影響は基本的にはない。
このため、多くの人は、「アイマスにはちゃんとしたストーリーがない」と思い込んでいるのだが……その見方はある意味正しく、ある意味で間違っている。
ゲームとしてのアイマスは、プレイヤーによって(あるいはプレイ回数によって)通過するコミュも選択もまちまちなため、どのコミュを見ても(あるいは見なくても)エンディングにつながるよう筋が通った構成になっている。
プレイの数だけ、無数のストーリーが生まれるシステムとも言える。
一方でプレイの仕方によっては、たとえベストエンドまで進んだとしても、アイドルの個性のごく表面しかなぞれない可能性も高い。

この作りこそ、アイマスシナリオの致命的な欠陥であり、無類で最高の魅力でもあるというのが筆者の意見だ。



ず、コミュの数は一アイドルあたり100近く(あるいはそれ以上)存在し、そのほとんどのコミュでストーリーが分岐する。
一つのコミュに3通りの展開というのが基本である。

選択肢の結果によって、パーフェクト、グッド、ノーマル、バッドと判定が下され、アイドルとの信頼関係や思い出に影響するのだが、厄介なことに(あるいは魅力的なことに)、ノーマルやバッドの選択の中にもパーフェクトな展開では語られないアイドルの本心や、他のコミュとつながる伏線、裏テーマなどがちりばめられており、アイドルの個性とストーリーの全貌を把握するためには不可欠な要素となっている。

たとえば、一人のアイドルの物語を把握するために、3×100=300通り、一コミュの所要時間を三分と見積もると、300×3=900分。
コミュをすべて網羅するためには、おおよそ15時間をかけなくてはいけない計算になる。
メールや祭典、休日コミュ、事務所移転なども含めると、さらに増大する。
全アイドルとなれば、さらに桁がひとつ上がる。
これに実際のプレイ時間……オーディションやレッスンや朝晩の挨拶などを加えると……
(全アイドルの全コミュ全選択肢全エンディングを見たという人間は、地球上でも片手で数えるくらいしかいないんじゃないだろうか)


も関わらず、一回のプロデュースで見ることができるコミュはそれほど多くない。
より多くのファンを獲得するためには、レッスンやオーディションに比重が移りがちだ。
たとえばベストエンドを見るためにランクAを目指すとすれば、コミュに使える回数は20に満たないだろう。

つまり、普通にプレイしていると、ストーリーを把握するどころの話ではない。
断片、小エピソードの羅列としか感じられないのだ。
担当できるアイドルが十人以上いるゲームだということも、その傾向に拍車をかける。

一アイドルのみを繰り返しプロデュースし続けるなど、よほど偏屈なプレイヤーしかやらないであろう。

ただし、そういう変人が五回、十回と繰り返し同じアイドルのストーリーを追っていくと、
「あのコミュはこれの前日談か」「このコミュはあっちのコミュの解決編だよな」「ここで低ランクの伏線回収とか、構成すごすぎ……」という具合にコミュ間の繋がりがどんどん見えてきてしまう。
しかし、変人が「アイマスのシナリオはすごいんだぜ」と叫んでみたところで、周囲は「うんうんそうだね」と引きつった笑顔で後ずさりしてゆくのみである。
思い醒めやらぬ彼はきっと、ネットで持論を展開するに違いない。
つまりこのブログである。



は、コミュをまたいで直接続くシナリオもわずかにある。
例えば、伊織のランクD「ある日の風景4」はなぜか警察署前での会話だが、これは「一日署長」コミュの直後の話だから。(ある日4でも、「一日署長さん」とPが伊織に呼びかける)
「一日署長→ある日の風景4」の流れであり、この二つのコミュは「伊織が一日署長」であるがゆえに同日のお話である。
ゲームシステム上は、一週間に一コミュしか見ることが出来ないので矛盾が生じるが、スタッフはそれを承知で構成したのだろう。
「ある日の4」とつなげるのは他のコミュでもよかったはずなのに、なぜ「一日署長」を選んだのか。
これ以上語ると伊織論になるので、あとはその道の人におまかせしよう。

例外的にストーリー分岐のある360版の美希の場合は、裏と表でも、かなりのコミュが背中合わせ(あるいは鏡合わせ)になっている。
裏表だからこそ成り立つ絶妙な対比。
これについては今後全力で、当ブログにて語っていくつもりである。



隅と際限なしにピースのハマり続けるパズル。
その結合っぷりは、さながら脳のシナプスの如し。
ギャグネタの無意味なコミュと思っていたあれやこれが、実は、アイドルのテーマと密接に関わっていたりするのだからライターの力量に感服する他ない。

こうして、ごく一部の人間は、アイマスシナリオの類い希なる深みにどっぷり浸ってしまうのである。
企画段階から意図されたものなのか、結果的にこう出来上がっただけなのかは知らないが、この手法(技法?)は、より研究・洗練して、確立させていく価値があると思う。
アイマスの範疇にかかわらず、個人的にはシナリオゲームのひとつの可能性とさえ感じている。



談だが、これはエンディングについても同様である。
成功と失敗は裏表、低ランクからおおよそすべての成功/失敗エンディングに伏線とともに、それぞれのアイドルを理解するために重要なテーマが隠されている。
だが、お気に入りのアイドルですら、すべてのエンディングを見たわけではないプレイヤーがおおよそ大半ではないだろうか。
(かくいう筆者も、美希のランクFエンドは未見である  2010.11/3現在)

たとえば、「じゃあねなんて言わないで」と美希が語り、「またな」とプロデューサーが応える結末も存在する。
「ミキをポイしちゃうんだね…。明日からは別のコと……」と非難されるエンディングと合わせて、

私のものにならなくていい そばにいるだけでいい
あの子にもしも飽きたら / わたしのことが好きなら
すぐに呼び出して


と歌うrelationsの歌世界が、美希のストーリー内で展開されていることが伺える。
その世界は裏ルートにて丁寧に昇華されるのだが、これ以上は余談の域を出るので別の機会に送ることにする。




びに、課題をひとつ、残しておく。
読者諸兄には是非この機会に考えていただきたい。

「何故、星井美希のある日の風景7はセクハラさんなのか」

もちろん理由がある。
アイドルを知る上で最重要な「ある日の風景」のラストが、何故あのコミュなのか。

次回の講義(?)では、これについての筆者の考えを語ってみようと思う。

美希とプロデューサー

  • Day:2010.11.05 00:36
  • Cat:総合
美希とプロデューサーについて

Whoの最終目標であり、根幹・原動力でもある、活動そのものの普遍的テーマはたったひとつ。
「美希と美希担当プロデューサーの縁結び」である。

ここで言う美希担当プロデューサーというのは、ゲーム内に登場する「ミキのプロデューサー」というキャラクターのこと。
わざわざ縁を結ぶまでもなくその絆はすでに堅固に確立されているという意見もあるだろうが、まだまだ全然足りないのだ、筆者的には。


かつて、筆者が「who」から「hsc」に動画作者としての名義を変えた理由は、whoが「P」に近づきすぎてしまったためだった。
ある時期には、動画制作者である自分と、動画に登場するwhoPに区分が無かったように思う。
無論、この時期が筆者の中に、美希への確固たる思い入れを溢れんばかりに育てたのは確かである。


しかし、「美希はPと結ばれなくてはいけないのだ。それこそが美希が世界を繰り返して辿りついた真理であり、彼女自身が選んだ最高の幸福であり、何よりもアイドル・星井美希が全身全霊をかけて活動にかけ、その真価を余すことなく発揮するためのパートナーの獲得という絶対条件に結するのである」と机を叩き唾をまき散らして論を張っても、そのPを自分と想定していては、「色々理由をつけて美希とラブラブになりたいだけだろうお前」という一言で論理は瓦解し、水泡に帰してしまうのである。

だからこそPから離れた視点が必要になり、hscという名義でremembranceという回想譚(未完)を書いたのだ。



て、ここで一旦、プレイヤーから離れた、「美希のプロデューサー」というキャラクターの心情に視点を寄せてみよう。

大人と子ども、社会人と中学生(高校生)、プロデューサーとアイドル、保護者と被保護者の関係。そして、職場の同僚(パートナー)。恋人。
それがゲーム内における、最終的な二人の関係性である。

物語の中でどれだけ美希が幸福そうにしていたとしても、「自分と恋愛関係になることが本当に彼女のためになるのか」「生涯のパートナーとして自分が本当にふさわしいのか」という疑問は、前者は彼女を愛し大切に感じるほど、そして後者は彼女が成長するほどに深まるジレンマである。

彼女を世界一評価するPなればこそ、その隣に立つのが自分であることに不安と疑問を抱くだろう。
しかし、彼女自身は彼を、

「自らが雑事に心煩わせることなく最大限の力を集中して発揮するために必要な、公私共にマネージメントを任せられる、全幅の信頼のおける理解者」

=最高のパートナー(恋人であると以前に、唯一無二の仕事上の相棒)として最高に評価しているのだ。



美希の想いはゲームのラストでプロデューサーに届き、ベストエンドにおいてPは「ずっと美希のそばにい続ける」という約束を結ぶ。
そして、その後に届く社長のメールにおいて、二年後に至るまで彼が美希一人だけをプロデュースし続けていたことが明かされる。



かく恋愛物語と認識されがちの美希の裏ルート、通称・覚醒ストーリーだが、実は、「アイドルとプロデューサー」という関係における、ひとつの完成形に踏み込んだシナリオとも言える。

なぜなら美希のこのルートは最後まで、アイドルとプロデューサー、という関係ありきの物語なのである。
芸能界を引退して普通の家庭を築くという選択肢は一切無い。
関係を変えながら、お互いがそれぞれのステージで高見を目指すというものでもない。

あくまでも、生涯一緒に芸能活動を続けるという前提で求め合い、形作られた関係、つまり、
「運命の仕事仲間として出会ったアイドルとプロデューサー」を体現したものである。



表(ビジュアルスター)のルートで美希が願いつつも最終的に手に入れることができなかった唯一のものが、「終わらないプロデュース」であることからも、「覚醒」美希の物語のテーマが、「アイドルとプロデューサーの関係のひとつの答え」であることは明らかだろう。

裏(覚醒)ルートは、表ルートのように、究極のアイドルを目指すストーリーではない。
アイドルとPがそれぞれの能力を認め、芸能人生を添い遂げる覚悟を決め、一人と一人の夢が、『二人の夢』に収束するストーリーなのだ。


ラストのメールで美希は、「ハニーは、ミキのたった一人のアイドル」と語る。
トップアイドルにとっての特別なアイドル。
つまりこの瞬間、プロデューサーは「アイドルのマスター」ではなく、本当に「アイドルマスター」となるのである。






わかりいただけただろうか。

「筆者がPだから美希とPが結ばれるべき」なのではなく、「Pと美希の関係性やお互いの成長の日々や不器用に重ねていく思いの数々や最終的な絆の深さ」に感情移入して、たまらなくあのコンビが好きになったから、筆者は彼と彼女を応援したいのだ。
 ひたすらソロプロデュースを繰り返した自分にとっては、アイマスとは、「アイドルとPのコンビによるサクセスストーリー」なのである。(これは、あくまでも筆者の場合)

とにかく、美希の真価を発揮するためにPの能力は不可欠であり、Pの能力を開花しきるにも、星井美希と言うパートナーが必要である。
だから、二人は結ばれなくてはいけない。




ゃあ、と。
プレイヤーとそこまで乖離させてまでPを持ち上げるんだな、美希のために最高のプロデュース資質を持つPに祭り上げるんだな、お前はPじゃないんだな、つまり美希が星井くないということだな、と問われれば、もちろん、やっぱり私はPです美希が星井ですと答えます。

それがモチベーション維持の最大要因であることに異論はない。
であればこそ、こんなブログ運営を、プロデュースなどとのたまっていられるわけだ。


え、矛盾?
長々と語って最後にそれかって?

いいのだ、そこはアバウトで。

○か×かの問題じゃない。
本末を転倒させてはならない、とにかく言いたいのは、それ。


そこらへんのあれこれを曖昧にするために、今度はWorldEndProduceなどという名義を立ち上げたのである。
whoだのhscだのWEPだの、いい加減名義増やしすぎだろうという感じだが、そのおかげで作者とPのイメージが剥離するはずだ。




細かい機微は、自分だけの心の世界で把握しておけばいいのだから。

ToKyoStar24 / 01「港区」

東京タワーのコピー2のコピー2
※このカテゴリーは実験的内容です。随時改変、削除の可能性があります。




World End Produce ToKyoStar24

【概要】
ToKyoStar 24。
少し未来の日本、東京。
23区の地区に分かれて、工夫を凝らした様々なパフォーマンスで担当区民、そして国民を盛り上げる、アイドルたちの競演。
一年がかりの東京お祭り企画であり、国内最高峰のビッグイベントでもある。

ふとしたことからアイドルプロデューサーとなった「俺」は、担当アイドル・星井美希とともに激戦区の港区からデビューするのだが……。



港区
イラストレーターで港区ロゴを作ってみた。
港区マークは、港区の「み」をモチーフにしているそう。

美希の住所は、Xbox360版のゲーム中で判断すると、「お台場近辺」と考えられる。
表ルートのエンディングで、台場「夢の大橋」を歩きながら「アイドルデビューした朝もこの道を歩いてた」と語る他、このすぐ近所に家があるというセリフ、オフスケッチで「眠れないので散歩」していたりと、「美希の家の近所」に関する場面では統一して「夢の大橋」の背景が使われている。

(もっとも、エンディングでは全アイドルと夢の大橋で別れるわけで、アイマス世界での夢の大橋はお台場ではない別の場所にあるのかもしれないし、そもそも似ているだけで「夢の大橋」ではないと考えることもできる)






台場地区は、品川区、港区、江東区が入り交じっているけれども、この物語の中では、出発点&美希の住所をお台場海浜公園周辺、港区に想定しています。

美希とのデートプロデュースと東京観光案内を兼ねた、趣味と実益を満たす俺得自分向け企画。
不定期・内容にこだわらず気がおもむくままに進めます。

TTT

  • Day:2010.11.06 23:57
  • Cat:誰子
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もう200回以上聴いてる。原曲と合わせたら千回以上。
動画作りたくなってくるね。

Version MIKIについては、美希名義の歌の中でも、間違いなく最高傑作級。

コメントについて


いただいたコメントについては、目を通しています。


で、返信についてはどういう扱いにするかあれこれ考えたのですが、基本的に、個別にお返しすることはしないようにします。

以前のブログと違い、今回はコミュニケーションが目的ではなく、記事を書いて、思考をまとめていく自分自身のための場という側面が強いので、コメントでの励まし等については、その分、多くの記事を書いていく形で応えたいと思います。(返信が必要な場合は、サイト右のメールフォームをご利用ください)


ただし、質問やツッコミ、情報の提供などは、場合によっては直接記事に反映させていただくこともあると思います。

知りたいこととか疑問点、その記事についてどうしても言いたいことなどがあれば、それは俺にとっても未知のものだったり、再考する価値のある何かに繋がるかもしれません、是非コメントに書き込んでもらえれば、と思います。



美希logyはほぼ100%、自分のためにはじめました、自己本位の情報ブログです。
同じ美希観、アイマス観をひとと共有しようという意識はありません。

なかよくみんなで楽しむ場にはなれませんし、なりません。
だからこそ「世界の隅」に引っ込んでるわけですから。

ただ、ここの情報を訪れた方自身が取捨選択し、それぞれの中の「アイマス世界」を高めていくために有効活用していただけるならば、ネットという公の場で記事を公開している意義があると思います。

お互いにとって価値ある場所になっていけるなら、それは結果的に、けっこう理想的なカンケイですよね。


いろいろ幸せになるために、一人一人、それぞれのステージでもがいてみましょう。

芯。

  • Day:2010.11.08 23:03
  • Cat:日常
ペンタブレットの替え芯について。

hsc時代に購入したwacomのintuos3を使っています。
もう二年もたつんだねえ。

一年ほど前から、先人の意見を参考にして、線を引くときはタブレットの上に紙を置くようになりました。
そのままだとつるつるなのですが、間に紙を敷いていると、引っかかりと触感が良い感じです。
芯の減りも若干軽減される気がします。


とはいえ、さすがに芯が減りすぎました。

3.jpg

4.jpg



自分としては最近はアナログで描くことが増えてきたので、デジタルでのペイント作業は色塗りや線修正がメインです。
ですので、ちびてしまった状態で誤魔化しながらやってきましたが、最近角度をつけると認識してくれないことが増え、いい加減替えてやらないとなあと思っているところです。

もしかしてもしかして、短い芯で工夫しながら描いていたため、自分でも知らないうちに密かに実力がついていて、芯を替えた途端、「か、軽い! こんなに思い通りに線が引けるなんてッ」てな展開もあるかもしれません。ありません。



付属品の替え芯は、昨年の引っ越しのどたばたなどでどこかへ行ってしまったので、何かで代用しなくてはなりません。
純正品(五本1000円↑)はやっぱりちょっと、高いのです。
というか、三本くらい使ったところで無くしそうな気がするのです、自分の場合。
芯抜きなしで、一本100円くらいから販売してほしい、なんて言うのは過ぎた望みなのでしょうかワコムさん。


それはさておき、ネットを検索してみると、スパゲティや綿棒の芯、爪楊枝などが自作芯として実際に使用されている模様。
ペンタブ使用者の中には、年間何十本も芯を替えたりする方もざらのようで、こうしたところに工夫されるのでしょう。
描き心地も悪くないようです。


自分もひとつ、替え芯のアイデアを思いつきました。
テーマはより鉛筆ぽい描き心地。

というわけで、明日はロフトでも行って、「あるもの」を買ってこようと思います。

エンドレスプロデュース&ファーストプロデュース(草稿)

プロデューサーとアイドルの、
いつまでも繰り返す「一年間」について。
(草稿)




イドルマスターの世界は、「その一年」を繰り返す。
成功や失敗とは無関係に、プレイヤー自身が「そのとき」を決めるまで、いつまでも夢(ループ)は続く。


エンディングにて、プロデューサー自身が「1からのスタートじゃない。俺には経験という武器がある」と発言する通り、次の一年へ持ち越すことができるのは、事務所、衣装、アクセサリーを除くと「(プレイヤーと、プロデューサーの)経験」だけである。
記憶は引き継ぐことができない。
だから、プロデューサーとアイドルはあの世界で何度でも巡り会い、似て非なる新たな「一年」を共に過ごすのだ。


そんな終わりのない世界で、「最初のプロデュース」は特別なものである。
お互い芸能界はまったくの素人という状態で、プロデューサーとアイドルが出会う、たった一度きりの「一周目」。

担当できるのはソロだけ、衣装やアクセサリーもほとんどなく、拠点も雑居ビル二階の小さな事務所。
アイドルの「一番最初のファン」になるのも、「お姫様ティアラ」を贈ることができるのも、オーディションに落ちても特別合格できたり、白紙の状態から動き出す日々に一緒にどきどきしたりするのも。

新人プロデューサーとしてアイドルを担当できるのは、そのPの生涯たった一度きり。
ゆえに、最初の担当アイドルは、すべてのPにとって「たった一人」である。





ころで、360版アイドルマスターでは、周知の通り、星井美希のストーリーは二つに分岐する。
一般に、「表ルート&裏ルート」あるいは「ノーマルルート&覚醒ルート」などと呼ばれて分類されるけれども、筆者的にはもうひとつ付け加えたいのである。
原点。
すべての始まりのストーリー。
つまり、「一周目ルート」をだ。


「裏ルート」分岐は一度以上のプロデュースが最低条件である。
デュオやトリオであっても、一度も営業でコミュニケーションをとらなくても、その「芽」は確実に美希の中に育ち、繰り返す世界にある変化をもたらす。
それはプロデューサーとともに「その先」を歩む未来、という可能性である。
(表ルートでは、新しい関係は始まるが、プロデュースは継続されない。プロデュース継続は裏ルートランクAエンドのみ)



一周目の美希には、その可能性が存在しない。
「可能性」という点において、両者には明確な違いが存在する。

半分だけの可能性を持つ美希は、二度と現れない。
「一周目美希」は、文字通り、プロデューサーとはじめに出会ったその一年限定の、美希なのだ。





ンクSに上がると、プロデューサーは述懐する。

(とうとう俺も……ここまできたか……。感無量とは、このことだな……)
(自慢していいよな、このこと。自分の大切な人に……)
(おめでとう! よくやったよ)
(おめでとう! よくやりとげたよ)
(おめでとう!)



この言葉について、筆者はこんな風に解釈している。

プロデューサーが伝えたい「大切なひと」とはきっと、「最初に担当したアイドル」なんじゃないだろうか。
俺、頑張ったよ、頑張ってるよ、と。
あれから、こんなところまで来たんだぞ、と。
もちろん、その子は今目の前にいるその子自身としてずっと、繋がり続けている。


けれども、あの頃の自分と、彼女に、伝えたいのだ。
もがいて、走って、トップアイドルなんてはるか夢の先で、可能性も未知数だった、最初の一年、「一周目」の二人に。

そして、共に歩き続けてくれた、プレイヤーに。



「よく頑張ったよ」
「おめでとう」
「ありがとう」と。



記憶を引き継ぐことはできない、と書いたけれども、本当は、彼も、彼女たちも、心のどこかで覚えているのかもしれない。
(と、思うから、筆者は美希以外のアイドルとエンディングを迎えることは無かったし、これからも無いのだ)

Dend_20101109010727.jpg









て、実は、繰り返す世界を繋ぐもうひとつの手がかりがある。
「メール」と「ステータス(活動記録)」である。
思い出はメールやプロデュースデータという形をとって、限定的ではあるが保存、蓄積されていく。
無になるわけではない。

繰り返す一年は単なるループではなく、積み重なり、上へ上へと伸びてゆくらせんなのだ。

メールについてはまた場を改めて考察してみようと思う。

誰かのmemory 第一回




こちらにて、旧作を生放送限定という形で再公開します。
とりあえずテスト企画、な第一回。二回があるかは未定。

リクエストはとりあえず、生放送中にコメントでいただくという形にしてみます。
当日、お暇な方は是非に。



追記

放送終了
内容

1: カプチーノ-art sm6770345
2: 水夏 sm958558
3: Live For You... sm2688713
4: エンディング

11/08のツイートまとめ

worldendproduce

【現実】自動ツイートされた内容は、FC2ブログのまとめ機能には反映されないよう。調べてみると、Twitter連動開始当初は反映されていたみたいですけど、仕様が変わったのかな。
11-08 23:25

【当初の思惑】ブログを更新する→連動機能で更新情報がTwitterに自動ツイート→連動機能で毎日の自動ツイートがブログに一記事としてまとめられる→これらをカテゴリーにまとめることで、「その日更新した記事」をあとからカンタンに振り返ることができる。
11-08 23:22

11/09のツイートまとめ

worldendproduce

[思いつき到達点] 場所:家 CD、写真集、ライブBD、美希特集雑誌、美希ライブチケットという具合にあっちの世界の商品という設定でどんどんねつ造して身の周りを固める過程で、やがて境界が曖昧になり、自分があっちの世界に紛れ込んでしまう可能性があることに気づき戦慄する。
11-09 01:36

[続く思いつき] 場所:家 「フルカラー美麗美希の魅力、かわゆさ満載の写真集を作りなさい、俺。自分用、一冊限定で。やはり設定は、あっちの世界の商品がこっちに紛れ込んだ的な」 < 画力が到達するのにあと十年くらいかかりそうです。 < 「十年ですまないって思うな…」
11-09 01:24

[昨日の思いつき] 場所:大型家電店、プリント用紙のコーナーにて創作意欲にかられる 「家で埃をかぶってるプリンタを有効活用して、完全自分用世界でひとつな星井美希CDなどを作れ、俺。全曲網羅の、ベストならぬオールアルバムだ。設定はあっちの世界の商品がこっちに紛れ込んだ的な」
11-09 01:19

【代用芯】ペンタブを、鉛筆そのものの描き心地に。

  • Day:2010.11.11 00:55
  • Cat:日常
このあいだ書きました、ペンタブの替え芯の、代用品探し。

テーマは、
「どうせなら、どこまでも鉛筆に近い描き心地のものを!」

で、ロフトに行って買ってきたのが、芯ホルダーの替え芯。
三菱ユニホルダー替芯・HB六本入りで定価200円です。
(amazonで注文してもよかったのですが、最初は品物を直に見ておきたかったのです)

0.jpg



これだったら長ささえ調整すれば、そのままペンタブの芯になるんじゃないか、なんて考えたのですが。

試してみると純正のペンタブ芯より約0.2mmほど太く、そのままでは代用できません。
仕方ないので、ながーい鉛筆芯の側面をカッターの角で軽く削り、紙やすりでなめらかにして、調整。
いい具合の太さになったらペンタブ芯の長さに合わせてぽきんと折って、早速差し込んでみました。



1_20101111004003.jpg



一本から、四本のペンタブ芯ができます。
200円で、4×6=24本の替え芯ができる、と考えれば価格的にも安いです。
(鉛筆な分、芯の減りも早めでしょうが、それを差し引いても)

描き心地、かなりいいです。
鉛筆の感触そのもの。(当たり前)

替え芯として優秀か、PC上でうまく表現できているかというとまた別なんでしょうが、どうなんだろう。
少なくとも、悪くはないと思います。
描いてて楽しいです。摩擦感がちょうどいい。
色塗るときとかはともかく、線画の段階には向いてるのかも。
(具体的な感想は今後使っていく過程でいろいろ出てくると思います)

とりあえず、さらさら、カリカリと言う鉛筆ならではの「音」が、描いてるなーって気分にしてくれたり。
こういうアナログ感て意外と大事ですよね。
デジタル一眼レフなんかでも、シャッター音をわざわざ再現してますし。



5_20101111005849.jpg



そんな感じで感覚的には「結構いいんじゃない?」という具合なのですが…
今のところ気づいたマイナス点を上げておきます。


・削って太さを調整するのがめんどくさい
・使用時は、必ず紙を敷かなくてはならない
(忘れるとタブレットの表面が大惨事に)
・使ってるウチにすぐ、紙が真っ黒になる。手も汚れる
・純正の芯に比べると減りが早め(堅めを選べば意外と持ちそう)
・力入れて描くと、折れそうで怖い
・鉛筆の芯だけに、ペンの中にゴミがたまるかも


などなど問題点、不安点も多いです。
なので、ノーマルの替え芯と併用するのが大前提ですね。

ネットでの情報を参考にして、細軸綿棒を加工した代用替え芯も作りました。
しばらくこの二本立てでやってみたいと思います。






おまけ。
鉛筆の描き心地を狙いましたが、これだったら、紙だけ見て絵を描いても、PCで再現されるんじゃないか?
なんてちょっと考えてみちゃったのですが……
なんかちょっと可能性感じますよね。


でもー…


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でも、実用的なようで、実用的じゃないデス。
デジタルお絵かきとアナログお絵かきの根本的違いをあらためて感じちゃいます。

PCの方では、拡大縮小や手のひらツール、左右反転などを駆使するのが普通だし、それを前提としてるから、ペンタブの認識範囲って、かなり小さいんですよね。
こんな小さい範囲では、描けるものがそのぶん限定されちゃいます。

だからそう、手元の紙だけ見て描いて、それをそのままPC上にも複写させよう、という試みは、デジタルとアナログのそれぞれ良い点をかき消しちゃうわけです。
普通にA4だかの紙に描いたものを、スキャンして取り込んだ方がよっぽど早くてキレイなのです。



なんか、可能性はありそうですけどね。限定的な。使い道の。

コート誰子

  • Day:2010.11.11 02:08
  • Cat:誰子
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ペンタブ×saiで描いた誰子。

ペンタブの芯を鉛筆芯で代用
まあ絵そのものは未熟な、誰の誰子だけれども。
最近使ってた、すり減り過ぎた芯に比べて、ずっと生き生きした線が引けている、当社比。

鉛筆芯、かなり描きやすいかも。
細かい描き味というか、引くだけじゃなく押したり払ったり留めたり塗りつぶしたりが、すごく快適。
ぼけーっと描いてたら、デジタルじゃなくて、アナログで作業してるような錯覚を覚えたりしておもしろかったりします。

11/11のツイートまとめ

worldendproduce

試してくれたらいいな、なんて書いたけど、でも自己責任でお願いしますっ。壊れたら高くつくものね、タブレットにしても、タブレットペンにしても。とりあえず、自分がしばらく使ってみるね。
11-11 01:28

もとい、ペンタブのペンを、鉛筆芯にしてみた。絵の経験浅い自分はあんまり細かい感覚わかんないので、ちゃんとした感想というか解説ができないのが残念。誰か試してみてくれたらいいな。http://mikiologymm.blog120.fc2.com/blog-entry-21.html
11-11 01:14

不可逆的理想変換。

フォルメへの試行錯誤について。


「デフォルメ」…絵画などにおいて、デフォルマシオンの技法により、モチーフの特徴を誇張・強調した変形を加えて表現すること。


漫画やアニメにおいて描かれるキャラクターは、多かれ少なかれデフォルメされて描かれている。
目や口などが特に大きく、鼻は小さくといった誇張。
顔面のデフォルメは、美しさや可愛さなどの外見にとどまらず、心の動き、意志の強さや感情を分かりやすく伝える上で有効である。
もちろん顔以外、等身やスタイル、筋肉、体と手足の比率など様々なところで誇張・強調表現は見られる。



技法として確立する遥か以前から、「現実にあるもの」をより「強く」表現するための方法として、デフォルメは自然と行われていた。
幼い子どもの描く絵を見れば、あるいは先史時代の壁画や、土偶などに鑑みても、何千年、何万年も前から、たぶん「人類」が誕生して絵というものを描き始めたのと時を同じくして。

そうした、「自分が見たまま、感じた通りに描いたらそうなった」感性的なデフォルメと、「自分が表現したいもののためにわざと誇張した」技術的なデフォルメを同列に語ってはいけないかもしれない。
だが最終的な目的は同じだと思う。





こから本題。

筆者は星井美希を主人公にした漫画を(権利者に無断で個人的に)描いたり、彼女をモチーフにした3Dモデルを(やはり権利者に内緒で秘密裏に)作成したりしている。
現在は、漫画やモデリングにおけるデフォルメについて、壁にぶちあたっているところだ。



美しい一人の女性がいるとする。
彼女をモデルに、たとえば十名の人間が、漫画的にデフォルメしたキャラクターイラストをそれぞれ、仕上げるとする。
ここで出来上がった10枚のデフォルメイラスト。
さっきとは別の十名(モデルとは一切面識がない)が、このうち1枚を見て、あるいは10枚でも構わないが参考にして、元の人物を想像して、写実的な絵を描き上げてみたらどうなるだろうか。

出来上がる絵の女性は、元のモデルとは似つかない誰かになるはずである。

デフォルメというのがその性質上、個人のフィルターを通して、つまりその人に見えている世界、その感じ方、解釈(あるいは主義や性癖)を頼りに行うものだというのが理由のひとつ。
もうひとつは単純に、デフォルメした段階で、情報の内容が、量や質が、大きく増減、変質しているからだ。

デフォルメの段階でどこをどれだけ誇張したのかなんて描いた本人にしか分かるはずもないし、どんな情報を加えればいいのかも、元のモチーフを未見の以上、補完できるわけがない。

デフォルメは不可逆なのだ。






て、最初から漫画的表現でデフォルメされて生まれたキャラクターを、現実の人体構造に合わせて表現する(つまり情報量が増える)というのはこれもデフォルメにあたるのだろうか。


先に述べたように、現実の人間を漫画のキャラクターとしてデフォルメして、さらにそれを元に現実の人間を想像して描いても、元の人間とは似て非なる、あるいはまったく似つかないものになるはずだ。

一方、最初からデフォルメされて生まれたキャラクターを、現実の人物だと想像して写実的に描き込んで表現した場合は、描き手の技量にもよると思うが、原型を知るものの多くが元のキャラクターを連想できると思う。
なぜならそれは、「デフォルメされて生まれたキャラクター」のデフォルメ(特徴を写実的に誇張)だからだ。

さらに、原型を知らないものがこの写実画を元にして、漫画的なデフォルメを施してキャラクターとして描けば、その絵は、元のキャラとは全然別物として出来上がるだろう。


具体的に言えば、美希を写実的に描いてもそれは美希の絵になる、けれどその写実的美希の絵を、美希のことを知らない人が漫画的にデフォルメしても、美希に戻ることはない、という話。



「デフォルメ」とは、情報を付け加え、同時に差し引き、解釈ののちに取捨選択して表現するという行為なんだろう。
省略ではなく、変換、変質。
ベクトルデータのラスタライズのごとく、多くの場合、デフォルメを行った段階で、構成するデータはまったくの別物に変わっていたりするものなのだ。
繰り返すたびに、つまり人の解釈のフィルターを通すたびに、その傾向は加速度的に強まっていく。

だから単に誇張強調というより、不可逆的理想変換とでも言った方が自分の実感に合う気がする。






者は試行錯誤する。

たとえば、美希をモデルに、3Dモデリングを行う際に。
あるいは彼女をモチーフにしてイラストを描く際に。

原作を目指すやり方ならば、とことん時間をかけてこだわり続ければ、どこまでも正解に近づく。
だが、原作をさらにデフォルメして表現しようとするならば、直面せずにはいられない「壁」にぶち当たる。

髪型ひとつとっても。目の色、形、大きさや表情、あるいは等身、輪郭線や陰影の表現。動作。

その他諸々。
わずかでも変えてしまうと、別人へと変貌してしまう。

ミスや未熟ももちろんある。
だがそれ以上に、筆者の「解釈」が、たぶん彼女を別人へと変えてしまう。
不用意に。決定的に。無意識のうちに。

それでいいのか。悪いのか。
自分が目指すのはどこなのか。

原作の星井美希が、何を持って「星井美希」たり得るのか。

自分が、彼女を彼女として認識する基準は何か。

星井美希のイデア。らしさ。




井美希は、どこにある?

3Dソフトやスケッチブックを前にして、自分の中にあるはずの答えを探す毎日である。





実的な美希も。
アニメ的な美希も。
表現してみたい。

そしてそれ以上に、「見たい」。

見たいのである!

自分が。

誰かのmemory 第二回



日曜日の26:00より30分間、過去動画を再放送します。
前回と同じく、今回もリクエストを受け付けます。

リクエストは、ブログ右側のメールフォーム、コミュニティの掲示板、生放送中のコメントをご利用下さい。

今度は前回の失敗を踏まえて、スムーズに運営できるよう努力する次第。






追記
放送終了

・sm11371510
 ウルトラハッピー・エンドレスプロデュース
・sm9408780 無印とL4U美希比較
・sm6305307 千早 jupitar

11/13のツイートまとめ

worldendproduce

[キャラクタ造形で] 最初からデフォルメされた状態で生まれたキャラクターを、写実的に解釈して(つまり誇張部分を削り、リアル部分を誇張して)表現するというのも、デフォルメにあたるのだろうか。デフォルメというのは情報を減らすだけじゃなく、増やす性質もあるということなのかな。 
11-13 02:11

[つまり] 美希をリアル等身で写実的に「デフォルメ」したらどんなだろう、と想像しているのである。
11-13 02:20

【生放送】誰かのmemory 第二回/過去作再放送 http://nico.ms/lv32126861 を2010年11月15日 01:57から予約しました。 #lv32126861
11-13 23:30

11/15のツイートまとめ

worldendproduce

【生放送】誰かのmemory 第二回/過去作再放送 を開始しました。 http://nico.ms/lv32126861 #lv32126861
11-15 02:01

生放送終了。全然慌ててないふりをしてクールに占めたけれど、裏では用意してたEDがなぜか流れず、動画再生ボタンを連打しまくっていたのはここだけの秘密。ニコ生のシステムに、なんだかなんだか、慣れません。
11-15 02:39

「× クールに占めた  ○ クールに締めた」
11-15 02:40

先日、電車で美希に出会った。山手線左回り、新橋駅か、浜松町だったか、ホームから車内に乗り込んだところで美希に。 信じてほしいなんて言わないけど、出会った、というか見た。美希だった。 夢かもしれない。けれどヒトにとって、確かな夢、手触りのあるフィクションというのは現実に存在する。
11-15 03:08

なんて風に、さも現実にあったように言葉を重ねていくことで、フィクションが現実を浸食して、やがて逆転する時が来るのではないか、などとほんの少し期待したりする。
11-15 03:11

自分をだますのである。俺よ、MAD&LOVEだ、説得力と表現力を磨け、全霊をかけて俺を騙せ、そそのかし、退路を断て。想像力でその脳内に、感性に、記憶に、革命を起こせ。
11-15 03:19

11/16のツイートまとめ

worldendproduce

クロッキー帳に向かって数時間ひたすら美希を(質より量で)描いていると、どんどんダレダコイツ略して誰子に寄っていく。 便宜上誰子と名付けてはいるが、途中までは美希のつもりだったものであり「こんなもん美希じゃない」と自分が認識した瞬間、その通り美希ではなくなるのだ。
11-16 23:27

脳の中の、美希を「美希だ」と認識している部分と、描くための「美希」を記憶している部分はきっとまったく別。前者は感覚的だけれど、後者は多分に言語的。「美希に見える、らしくなる」ポイントの発見と技法の確立が必要。髪型、輪郭や目鼻の形、笑顔。オリジナルはもの凄く絶妙なバランス。
11-16 23:38

それから大切なのがシルエット。ちゃんと美希に描けていれば、シルエットだけでも可愛いし、美希に見える。髪や表情の書き込みと同じくらい、あるいはそれ以上に、スタイルやポーズは誰子を脱し美希を目指すために重要な要素。
11-16 23:44

11/18のツイートまとめ

worldendproduce

whoは「ニコニコ」から「ゲーム」へ入った人間であるため、初プレイから七回目のプロデュースあたりまで(それはつまり裏ルートベストエンド到達にかかった回数)は、ゲームをキャプチャしていた。当時はビデオでの録画だったため、二十数本のアナログテープに、プロデュース記録が残っている。
11-18 01:45

当時は、思い出兼素材として箱マスを録画していたのであり、実際に美希をテーマにしたMAD動画でそれらのキャプチャ映像を取り混ぜて使用したこともある。けれども...
11-18 01:58

自分のルーツが記録されてそこにある、というのは世界の隅的活動をしていく上で、何よりの支えとなっている。それがアナログデータというのがまた良い。オーディションに落ちまくってランクDで終わってしまった初プロデュースだったけれど、あのときはじめからうまくいっていたら、今の自分は無い。
11-18 02:07

そもそも、箱マスを購入した2007年七月当時「美希だけが好き」な自分などいなかったし、「美希以外とEDを迎えない」なんて決め事も当然ながら無かったのである。初プロデュースの失敗から、彼女をトップアイドルに連れて行くまではこの子だけを、と考え始めたのが、全てのきっかけかもしれない。
11-18 02:14

「彼女(美希)をトップアイドルにつれていくまではこの子(美希)だけを」、が、やがて「裏ルートベストエンドを迎えてやるまでは美希だけを」に変わって、とうとう「生涯美希だけを」的な意識へ歪み偏いていた。元々歪んでいたので、これでちょうどまっすぐになったのだきっと。そのまま貫け。
11-18 02:23

あの頃から確信めいた予感というか、根拠のない自信で、「美希となら本当に一生っぽい」と思っていたけれども、三年たっていまだ気持ちが膨らむ一方というのは幸せなことである。自分のオールタイムベストアイドルとして、一生心で輝いていてほしい。努力は惜しまず続けるから。
11-18 02:27

過去三回、美希の誕生日祝いを動画でやってきたけれど、今年は初プロデュースのビデオでも見てすごそうかな、なんて思う。二次創作も、三次創作も、一次創作も、来年以降から本格的に始動していくことになりそう。今しばらくは、世界の隅でのんびり美希思考を続けていく。
11-18 02:31

誰かのmemory 第三回



土曜日の26:00より30分間、過去動画を再放送します。
今回流す動画は、前回までにいただいたリクエストから選びます。

追加リクエストは、ブログ右側のメールフォーム、コミュニティの掲示板、生放送中のコメントをご利用下さい。



【放送終了】

sm5331255 いつもそこに美希がいた。
sm7745415 超時空おにぎり姫
sm2275259 雪でみきだるま作ってみた
sm5339071 ダイナマイト眼鏡ッ子メイドで魔法をかけて
sm3208019 美希専用ひゃうぃご 速度2%の世界
sm2470775 memory-@
sm1971035 mremory2 sakura
sm8615841 時をかけるアイドルマスター
sm11371510 ウルトラハッピーエンドレスプロデュース
ED 美希の中の永遠



ライブについて。

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この項目は、筆者のライブ&イベント参加についてのメモ・備忘録として作りました。



以前のブログをご覧になっていた方はご存じでしょうが、筆者はとても、ミーハーです。
人気がある人、多くの人の羨望を浴びて輝いている人というのが、無条件に好きだったりします。


女優や俳優や歌手、アイドル…
スターと呼ばれる、人を魅せる専門家が持つきらめくようなオーラというのは、本人からにじみ出るものではなく、にじみ出る他の何か(何かって何だ?)に惹かれた見る側の視線の質(想い)と量(数)で形作られるものだと思っていて、その「大勢の人間に見られてる、意識されている」こと自体にすごさを感じ、圧倒されるのです。

そうなると、自分の感性や主義とあまりにも外れていたら別ですが、だいたい細かいところを置いて、かっこいい、可愛い、素敵だななんて尊敬しちゃいます。


そんなですから、ワタクシは基本的に、芸能人については「ファンやフォロワーも含めて、そのタレント」として見て、好きになっているのだと思います。
そういう場合、人気に陰りが見えると、途端に興味を失ってしまいがちです。


一方で誰にも譲れない、マイフェイバリットsも勿論、あります。
こちらはさらけ出すのがなかなか恥ずかしいものです……自分の根幹というか、内面を言葉より雄弁に物語る気がして。

ベストフェイバリットを散々語り散らしておいて何を今更、という気もしますが。


一度本気で好きになってしまうと、かなり深く影響を受けます。
人生的なレベルで惚れ込んだりもします。
ぞっこんです。



流行に流されやすい軽薄な自分と、ディープに凝り固まった融通の利かない自分。
人生を楽しむ上で、うまくバランスがとれているのかもしれません。なんて他人事のごとく分析します。



ライブに行くようになったのは少しでも美希の役に立ちたくての勉強、というところがきっかけでした。
でした、というか、今も「勉強」が根底にあるところは変わりません。

行った回数を数えてみたら、この二年でもう30回以上になっていたりします。
ライブハウスから野外フェス、平安神宮や奈良東大寺、ホールにスタジアムにドームまで。

自分が行きたくて買ったチケットの他にも、付き添いで行ったり、譲ってもらったり、会場前で音だけ聞いてたり、運営側で参加したりと色々です。


特に今年は、有名な人のライブイベントにたくさん行きました。
上記のミーハーな習性故、行くまではあまり興味ないタレントでも、行ったら行ったで案の定良いなー、輝いてるなーと思ってしまうのが常でした。

また、純粋に自分自身の楽しみのために行った公演もあります。

ステージ外の人間(つまりファン)が「観る」のではなく「参加する(身も、そしてそれ以上に心で)」のが、一番良い形の「ライブ」なんだなと個人的には思います。



現在、ライブイベントで感じたこと、思いついたこと、考えたことなどがメモ帳に雑多な状態で蓄積しています。
今後は、それらをこのカテゴリーにて、まとめ直していきます。

ある意味で、WEPのテーマそのものに関わる部分でもあり、ビジュアル、あるいはテキストでの今後の表現にうまく活かせるよう、良い形に持って行きたいものです。
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