11/30のツイートまとめ

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【生放送】誰かのmemory 第四回/過去作再放送 http://nico.ms/lv33590328 を2010年12月01日 19:27から予約しました。 #lv33590328
11-30 21:00

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MEMORY -The FirstProduce- 第八話



子供扱いされるととたんに不機嫌になる、難しいオトシゴロ。
かといって駆け出しアイドルの頃は、「大人扱い」「プロ扱い」もしっくりこないらしい。
そもそも、誰かと比較されるのはナンセンスだと思っている。

「ミキは、ミキだよ」。

表ルートのある日の風景6にて、美希は「もしプロデューサーさんと同級生だったら、ミキたち、つき合っちゃってたかも?」と語るのだが、その晩のメールで、「同級生だと『思ってたのと違う』とか言われてフラレちゃいそう」と追伸してくる。

いつもマイペース、自分が「ミキ」であることに自信たっぷりに見える、美希。
一方で、失望されること、世界に一人だけの「星井ミキ」を否定されること、それを美希はもっとも恐れる。
学校で、「外見が良いだけで調子に乗っている」と言われて凹むこともある。

ただの同級生ならば、「他人」だからとあきらめることはできるだろう。
けれど、せめて大切な人間には、ありのままの自分を受け入れてほしい。
ちゃんと、「自分=ミキ」を見てほしい。


けれども、成長するにつれて、美希自身が自分に疑問を覚え始める。
「自分は今のままでいいのか」と自問する。
無条件に愛情を注いでくれる家族に対して、居心地の悪さを感じ始める。

今のミキを、ではなく、今からの、これからのミキを、認めて欲しいと思い始める。



本気になって何かに打ち込める人がうらやましい。
けれども、自分にはそれがなく、ムリして見つけるようなものでもないと思っている。


美希は、美希である。
美希は成長する。



ランクD時代。
美希の夢の萌芽を、その胎動を、言動の端々から感じられたならば、プロデューサーは、ここで終わらせたくない、終わりたくない、と強く願わざるを得ない。

彼女が羽ばたく日々を、隣で、見ていたい。
そのきらめくような夢を、見届けたい。

けれども時は、確実に過ぎてゆく。



次回も引き続きランクDの日々。

memorandum.01

  • Day:2010.12.02 00:08
  • Cat:草稿
この記事は、今後あらためて論文としてまとめるための発想、思考順路の走り書きです。

今回は、いただいたコメントに答える形で、美希について考えてみました。
これをもって、コメントへの返信とさせていただいています。
まず、以下の記事を参照して下さい。

MEMORY -The FirstProduce- 第五話









ここより本文。

>「理由が分からない決まりへの無条件的反抗心」、大人への反発心。
>自分らしさの羽根を押しとどめようとする周囲、社会への不信感。無意識から湧き出る諦観。

このテーマが解りやすく諦観の部分まで文章化されたのを見たのは初めてな気がします。なるほど…「美希という天使の羽を広げるお手伝いをする物語」と考えると、ロマンチックですよね。





ここは単純に「コドモだから」という理由と、「内面の個性が極端で思考の仕方が独特だから(つまり美希だから)」という理由のふたつが混じり合っていますね。

大人への無条件の反発心、というのは単純に、ごく普通の中学生らしい部分、美希のコドモな一側面です。
決して自分が絶対に正しい、と思っているわけでもないけれど、頭ごなしにルールを押しつけられたり、自分が問題ないと思っている行動を理由無しに否定されると、ムキになって反発してきます。

一方では、その豊かな才能や独特の感性故の不自由さがあります。
才能を含めて、自分の個性は世間に受け入れられないかもしれない、という諦めを美希は持っています。

このきっかけは、裏ルートのある日の風景5で語られますが、彼女が幼かった頃、どうしても出来なかったことを「がんばらなくていいんだから」と優しい両親に諦めさせられたことに端を発しています。

初めて、できない事を頑張ろうとしたとき、「頑張る自分」を認めてくれなかった(応援してくれなかった)、大好きな人たち。

アイドル活動についても「飽きたらいつでもやめていい」とのこと。
「将来は座っているだけでお金の入ってくる仕事をいくらでも紹介する」という過保護っぷり。


「あのとき『頑張れ』って言ってくれてたら...ミキ、もっと早く変われてたかも...」

コミュ内でそんなifを想像する美希ですが、このときはPの交通事故からまだ日が浅く、その日のことを後悔しているのかもしれません。

ランクDのレコーディングで、「まだ足りない。美希ならもっと出来るはずだ」とPに言われ、初めて本気になってみせた美希は眠っていた本当の力の片鱗を見せ、自分でもどうなるか分からないほどの才能を発揮し始めるのですが、それはまた別の話。



美希は、「天使」というには小憎らしいところもたくさんあります。

結構知ったかぶりはするし、自分のことを棚に置いて他人を責めるし、子供扱いするとすぐに機嫌損ねるし、自分の気持ちは押しつけてくるくせに他人の話をちゃんと聞かなかったり。

けれど、自分の中身が決して「良い人」ではないことをちゃんと理解しつつも、自分を曲げずに、ミキらしく生きているところは本当にすてきだなと思うし、そこを全力で大事にしてやりたいなと思います。


アイドル面で言うと、星井美希は、いわゆる天使というのとは真逆の存在だと思います。
制限なしに羽根を伸ばせば、おそらく世界が滅びます。

傾国の美女という言葉がある通り、魅力と言うのは純粋に突き詰めるとそういう性質のものだからです。それに特化した表ルートではなおさら。
光が強すぎる星は他を焼き尽くしてしまうのです。


有り余る才能をコントロールするのに重要なのは、バランスです。
それは美希一人ではどうにもならず、だからこそパートナーを必要とします。
美希が恋愛感情を抜きにしても自分の理解者である「プロデューサーさん」を必要とし続ける理由でしょう。

そういうわけで、星井美希のプロデュースは、お手伝いと言うレベルではなく、命がけ、人生をかけて全力で挑むべき目標です。

少なくとも、ビジュアルスター星井美希のプロデュースについては、大勢の他人を(あるいは大切な友人たちを)不幸にしてでも、その才能を開かせる覚悟が必要です。


このあたりについては、文章だとどうしてもイメージしにくいかと思われますので、そのうち動画などの形で表現したいと思っています。






裏ルートランクCのアルバム発表については、どう思われます?
ここでの美希は、自分の写真へのこだわりを押し通そうとはせず
プロデューサーの言う通りにしてますが……




このコミュは表ルートと対比されています。
CDアルバムの発表会で、準備していたポスターがどこかでボツにした方のカットと差し替わっているという大筋は一緒。

表ルートでは、

「俺の目から見てそんなに気にならないよ」
 →「十分、かわいいよ」
 →「俺が頭を下げて頼んでも?」

と展開して、「頭下げられてもポスターは変わらないもん」と美希はあくまでも自身のこだわりを優先します。
裏ルートでは、「プロデューサーがいいなら、ミキもいいの」とあっさりと意見を変え、にこにこしています。

このコミュについては裏ルートでも、美希は決して自分の美意識を曲げたわけではありません。


・プロデューサーから「可愛い」と言われた → 恋する美希にとっては最高の評価基準
・プロデューサーの(星井美希プロデュースに関する)感性を、自分の美意識以上に信頼している。



この二点からの反応でしょう。

よく混同されがちですが、そして美希自身もおそらく混同している部分がありますが、裏ルート美希のPへの感情というのは、全幅の信頼を置くことができる仕事仲間という意識が根底にあって、そこに付随する形で恋愛感情が育ってきています(最初は贖罪の意識が強かったので、美希自身それを恋と呼ぶことにためらっています。Cランクアップコミュ参照)。


ですので、決して恋に浮かれて自分の感性をダメにしているわけではなく、むしろプロデューサーに背中を任せることで、より自分の得意分野に集中することができる、器用だけれども不器用な美希にとって、理想的な関係となっていると思います。



参考までに、もうひとつ。

七月の仕事(花火大会)でのBAD選択肢では、絶対に譲れない意見を出しつつも、Pのために渋々折れることもします。
自分の美意識を抑えて、プロに徹しますが、結果失敗。

一度了承してしまえばPを責めることもなく、「プロデューサーだって、間違うことはある」と優しい、大人の反応。

美希が育ち、それによって、プロデューサーもまた育てられていくわけです。


あまりにもプロデューサーの能力が美希から劣りすぎてしまうと、プロデューサーが美希の隣にいる価値も意味も無くなってしまいます。
お互い高め合って、あの二人には成長していってほしいと切に願います。


MEMORY -The FirstProduce- 第九話



個性というのは本来は形の定まらない「心」ではなく、まず「肉体」において語るべきものだろう。

まったく同じ顔で同じ体格、同じ運動能力の人間など、この世に二人と存在しない。
たとえ遺伝子が同じであっても、まったく同じ容姿にはなり得ない。
あなただけの、「個性」である。

そこに、「良い」も「悪い」もない。
個性とはただの「事実」なのだから。 ※


もちろん、「心」も同じものはふたつ無いだろうが、見えないものなのではっきりと言いようがない。曖昧である。もしかしたら同じ心はありふれているのかもしれない。

心については、他人との共感が得られれば嬉しいものである。
通い合わすことで幸福が生まれるものであり、元来的には、個性ではなく共生に属するものではないだろうか。



星井美希の個性は、メリハリのある、美しいスタイルである。
健康的で均整のとれたボディをいかした水着での撮影は、彼女の魅力を最大限に引き出す分野であることは間違いない。

メタ視点において、それを理解し、プロデューサーとして大きな武器だと感じ、めいっぱい輝かせてやりたいと頭では考えつつも、一方であまり彼女の肌を人目に晒したくないと感じて、水着撮影コミュを避けがちになるのは保護者心であり、独占欲であろう。

元来のプロデューサーである自分と、ハニーとなった自分のせめぎ合いなわけだが、後者がバランスを崩すほどに大きくなると、彼女のP失格であると筆者は感じている。

「ハニーP」であるのは良い。
「Pハニー」になっては、それは本末転倒というものなのだ。




映像について。
ファーストプロデュース時には、「ハニーの自分」など存在せず、駆け出しプロデューサーとして、ただありのままに美希との日々を送っている。
彼があのとき見た、海岸を楽しそうに駆け回る美希はどんなだっただろう、と想像しながら、今回の絵を描いた。

きっと、美希の個性がいっぱいの、最高に素敵な映像が撮れたに違いない。




※(もっとも、創作物においてはその「個性」は簡単に変えられるわけで、ここで語るにはややナンセンスな気もしないでもない。
 が、筆者にとっての星井美希は、現実世界の方法論も併せてこそ実感できる、フクザツな対象なのである)





少しずつ内面からも変わり始める美希。
次回も、引き続き美希の変化を追う。


12/02のツイートまとめ

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今日は...もう昨日になったけど、可愛い美希の絵描けた。最近の感覚だと、三時間以上かけて描くとなんとか「美希」になる気がする。自分的に。逆にそれ以内で適当に描くと、高確率で「誰子」と化す。
12-02 00:39

ペンタブペンの芯を鉛筆芯にした件ですが、意外と長持ちしてます。敷いてる紙がすぐに真っ黒になって手が汚れることや、いつの間にか紙からはみ出して、ペンタブのシートに書いてしまっていたりするのが問題。
12-02 02:38

ペンタブペンの替え芯鉛筆仕様。 線を引くときにはすごくいい。ただ、ベジェ曲線をいじったり、色を塗ったりする作業にはあまり意味がない、というか、敷いてる紙が鉛筆の汚れですぐ真っ黒になってしまうので、用途によって、純正芯や綿棒芯に差し替えている。
12-02 02:42

MEMORY -The FirstProduce- 第十話




ランクDの、ある日の風景。
プロデューサーと美希の物語の、重要な中継地点。


出会いの日、お互いの意識がまったくかみ合わないところから始まった、星井美希プロデュース。
プロデューサーは美希をなかなか理解できず、美希はプロデューサーを信じ切れずに、ぶつかり合い、対立し合い、ときには支え合い一緒に壁を乗り越えて、それぞれの道を不器用に進んできた。

アイドルになってから、「自分」について考えることが多くなった美希。
真剣にがんばりたい、とふと思ってみたりもする。
頑張っている人に憧れる気持ちが芽生え(ランクDライブ鑑賞)、けれども、それに感化されるのは自分らしくない(ランクD遊園地イベント)と思う。
「そんなミキをいつも応援してきたプロデューサーさんに、応えたい気持ちも、ちょっとあるかな…」とDランクアップの際に、メールで語る。

プロデューサーも、星井美希のことを少しずつ理解し始め、彼女の心の動きを後押ししながらも、このランク以降、「星井美希のためのプロデュース」を模索し始める。


トップアイドルを目指すプロデュース活動。
いつの間にかそれは、意識しないままに、「二人の活動」になっていた。


「こんなミキでもいいですか?」
「もちろんです。あなたには才能があると思います」


偶然の積み重ねが、今の二人に繋がっていることに感慨を覚えるプロデューサーと、その出会いに感謝する美希が印象的な、要必見のコミュイベントである。




次回、遂に、新譜五曲目を選択。
信頼関係を深めつつ、いくぶん穏やかに、日常が過ぎてゆく。

12/03のツイートまとめ

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ファーストプロデュースの動画、いよいよ終わりが見えてきた。一年間は、短い。
12-03 22:03

今後もwhoのMADを楽しんで見ようという奇特な方は、絶対に、ファーストプロデュースをきちんと通して見ておいた方がいい。 なんか自分で言うとアレだけど。 たぶん、これ以降のwhoの作るものすべてにおいて、見え方も得られる物も全然変わってくる。
12-03 22:09

理由は、以前書いたこの記事を参照すると分かる。http://mikiologymm.blog120.fc2.com/blog-category-10.html  http://mikiologymm.blog120.fc2.com/blog-category-13.html
12-03 22:12

自分は、「美希PV」というMADで美希に興味を持ち、「記憶のメモリー」というプレイ動画で彼女を知り始め、MADを作るようになり、それから箱マスに至った。世界の隅からあらためて一から出直すにあたり、今は、もう一度そのプロセスをなぞっているのかもしれない。
12-03 22:28

ファーストプロデュース完結後の自分のMADを、誰よりもwho自身が、楽しみにしてる。たいへん幸せなことである。
12-03 22:29

ちょっと訂正。「記憶のメモリー」以上に、「永井先生のアイドルマスター」の存在が大きかった。リアルタイムでずっと追っていて、アイマスというゲームそのものに興味持ったきっかけ。自分のファーストプロデュースを録画したのも、あのシリーズの影響が大きかったかも。
12-03 22:44

ともかく、ファーストプロデュースをエンディングまでアップし終えたら、ぶっ通しで一話から最後まで、見てみよう。二時間超えるだろな。たのしみー。
12-03 22:45

MEMORY -The FirstProduce- 第十一話




あとひとつ、オーディションに勝てばランクCというところまで来た、ファーストプロデュース。
アイマス世界においては、ランクBからが「トップアイドル」の領域なので、ランクCの位置づけは、雑誌の売り上げを左右できるレベルの有名人気タレントである。

その壁を前にしての、オーディション敗北。
新人Pは焦って次のオーディションを受けさせるが、アピールミスや戦略ミスで、連敗。
美希のテンションも、思い出の数も、ファン人数も減る一方、ランクCは遠ざかる。
挽回するべく難易度の高い、けれども視聴率の高いオーディションを受け、さらに不合格が重なってしまうスパイラル。

お互い気持ちをリフレッシュするべく、休日をとり、一時的にテレビから離れた仕事をとる。
一年の終わりは、近い。

今回は、そんなオンとオフの風景。




ピカソのコミュの美希はぽけぽけ感がとても可愛い。彼女の才能を考える上で、ここにも重要なヒントが含まれているのだが、それを差し引いても楽しいコミュである。
絵の真髄が、彼女の口から語られる。



「ようやく子どものような絵が描けるようになった。ここまで来るのにずいぶん時間がかかったものだ」
「誰でも子供のときは芸術家であるが、問題は大人になっても芸術家でいられるかどうかである」
    パブロ・ピカソ (wikipediaより引用)




子供と大人の狭間にある彼女の絵画論、ビジュアル論は、ある意味で的を得ているのかもしれない。
見たものを見たとおりに描くのではなく、思ったことを思ったように描くのが、彼女の道にはふさわしい。




また、六月の仕事では、結婚式のサプライズゲストを担当することになるのだが、美希は人前でしゃべることに相当苦手意識を持っている。
デビュー前、公園のカップルやレコード会社の部長に、空気を読めない発言していた頃から考えると、明らかな成長のあとが伺える。


プロデューサーと美希のやりとり、二人三脚での仕事っぷりが面白いコミュだが、who的に重要なのは終盤、美希のトークの台本をPが書く、という下り。
あらためて振り返ってみると、何か、運命的なものさえ感じてしまう。




そして、活動48週目が終了。

次回は.......



12/04のツイートまとめ

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先ほど、ファーストプロデュースの十一話目をアップしたんだけど、その後でとんでもない事実に気付いてしまい、あわてて公開を停止した。アップし直す。
12-04 23:17

ファーストプロデュースでは、relations→思い出をありがとう→蒼い鳥→太陽のジェラシー→THE IDOLM@STERと言う選曲をしたんだけれど、五曲目のアイドルマスターのステージ風景だけ、全然別のフォルダに転がっていた。
12-04 23:20

なんでこんなところに置いてあるんだろうと思いつつ、やけに画質がいいそれを十一話に含めておいたんだが、なんだか違和感がぬぐいきれない。ニコニコにアップしたあとの映像を見ながら、その理由にはたと思い当たった。
12-04 23:22

whoのファーストプロデュースでは、「五曲目に選んだTHE IDOLM@STERを、一度もステージ披露できていない」。とっておきの最終曲選択後のオーディションは、連敗につぐ連敗、結局テレビに出演する機会がなかったのだ。おまけに、美希がノーミスで歌いきったことさえ一度も無かった。
12-04 23:25

件の「THE IDOLM@STER」は、それは、二周目のものだったことを思い出した。二周目も美希と歩き、はじめて、一度もミスなしで唄いきったステージ。あんまり嬉しくて、ビデオデッキを通さずに、直接PCの五秒遅延する安物キャプチャに繋いで記録したものだった。
12-04 23:31

録った当日に、しっかりニコニコにアップしていた。『アイドルマスター 美希 ノーマルPV 「THE IDOLM@STER」』http://www.nicovideo.jp/watch/sm655425  芋づる式にいろいろ思い出してきて、懐かしくなった...
12-04 23:34

訂正。2007年7月16日が、ファーストプロデュースの一年。17日から18日が、二周目の一年。
12-04 23:41

誰かのmemory 第五回



12月6日の2時より、30分間放送します。



追記
放送終了

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放送内でコメントしたように、過去作再放送は、次回か次々回で一旦休止とします。
whoの代表的な動画はだいたい流せたと思いますので。
そろそろ新作の方へ意識を向けていきます。

過去作は、またリクエストが貯まった頃に、再放送するつもりですので、その際はよろしくです。



■補足
「For MIKI」が黒歴史の理由を補足しておきます。
For MIKIで描いた世界観が、2009年以降の自分にとって矛盾というか、ありえない可能性となったため。
一箇所だけ作り直して差し替えれば、問題ないんですけれども。
そういう動画がたくさんあることも、常時公開を終了した理由のひとつです。


MEMORY -The FirstProduce- 第十二話




ランクCの壁。

一年という期間内には、トップアイドルという夢はかなえられそうになかったけれど、それでも順調に人気は上がり、仕事もうまくいっていた。
未来の可能性を信じていられた。

ランクCアップをかけたそのオーディションでの、あの敗北までは。


そこからあとは、本当にひどいものだった。

正確なところはオリジナルのビデオテープが消失したため分からないけれど、27万人あたりまで増えたファンが、23万人台まで減少するくらいには、悲惨なくらい、連敗し続けた。

なんとかランクCに上がろうとむきになり、一かバチかでレベルの高いオーディションを受け、イメージレベルの低さからまったく勝負にならず、流れを切り替えようとメールブースト(全イメージ大幅アップ)で受けた安全圏のオーディションすら、21点であえなく敗退。
(当時はオンラインユーザーがまだまだ多かったので、対人戦での負けも相当数に昇った)


「また不合格なの……。ごめんね。こんなはずじゃなかったんだけど……」

美希の「ごめんね」が心に突き刺さる。
謝るのはプロデューサーの方である。

最後の最後で、駄目さ加減が露出した。
美希の才能を生かし切れず、未熟なPは右往左往するばかり。

当時の悔しさ、いたたまれなさは生半可なものではなかった。



空回りし続け、最悪の流れの中、一年の終わりを迎える。
そして、最後に選んだコミュは...


「ある日の風景」や「ミーティング」などがあれば、それを選んでいただろう。
けれど、このとき表示された選択可能コミュは、いかにも仕事系のコミュばかりだった。

一年の最後に選ぶコミュだったから、思い出に残りそうなものにしたかった。
リセットすることも考えたのだが、それをやったら、全部がダメになる気がして、渋々、ある中から適当に、選んだ。

いざはじまってみると、それは、美希の夢についてのコミュニケーションだった。



「プロデューサーさん。夢っ!」
「美希の成長。それが俺の夢だけど」
「プロデューサーさんのじゃなくて、ミキの夢! それをね、考えて欲しいの」







次回、ラストライブ。


MEMORY -The FirstProduce- 最終話



振り返れば、思い出の中に、いっぱいに咲く笑顔。
失敗だらけの一年の果てで、未来へ続く、二本の夢の軌道。


ランクDエンド。
お互いまったくの新人状態から、一年間ともに活動した担当アイドル・星井美希との、別れ。

はじめての担当が美希で心からよかったと思う。
自分にとって、それ以外の選択肢は、もう、あり得ない。

だから、ずっと。













以降は余談である。

一周目はランクDアリーナ成功エンド。
whoの二周目は、ランクC武道館成功エンドだった。

ランクCエンドは、単体を見ただけではその価値を理解することはできないだろう。
ランクDと是非、合わせて見てほしい。
たとえば以下のような対比がある。



ランクD
・美希の方から「じゃあ」と言って別れる。
・最後の一瞬に涙を見せる。

ランクC
・「じゃあねなんて言わないで欲しいな」と美希が呟き、「またな」とPが応える。
・最後は笑顔で別れる。



なぜ、より信頼関係を増したはずのランクCで、美希は涙ではなく笑顔を見せるのか。

これについては、エンディング後のメールにてその理由、笑顔に隠れた美希の本当の思いが語られる(そして、それを踏まえることで、ランクDでの美希の涙もより理解できる)のだが、ここで深く語るのは野暮というものだろう。

また機会をあらためたいところだが、どうしても今すぐ知りたい、という方は是非、実際に無印アイマスにて、自分の目で確認していただきたい。

このシリーズで幾度も語ってきた、「他人の立場に立ってものを考えることができない美希」の、思いもよらない変化が、心の動きが、そこにある。






今回で、全14回、総計三時間を超えたこのシリーズも、最終回である。

はじめから最後まで丹念に辿った方には、なぜここまで筆者が星井美希に傾倒するに至ったか、その一端はおわかりになったかもしれない。


精一杯の思いが詰まった別れを経たからこそ、さらに高ランクに上がった際の日々が、幾百倍も輝いたのである。

そして、繰り返すプロデュースの中で(whoの場合は、ニコニコでの活動も含めてだった)、そのすべてを美希との思い出とし、筆者にとっての星井美希像はより強固に、鮮明に、いきいきと、形作られていったのだ。

「俺の美希」が最高にミリョク的なのも、当然である。





ともあれ、無事、シリーズを完結させることができてよかった。
自分のルーツ。原点。確かな昨日。明快な記憶。
この先果てしなく歩き続けるための、自分にとって大きな基盤になる。


さて、ここからは、『未来』が中心の話である。


12/09のツイートまとめ

worldendproduce

ファーストプロデュース・最終話更新。サムネの画像、セピアにするのを忘れていて、アップし直そうと考えたが、思い直した。ある意味、最後はカラーがふさわしいのかもしれない。
12-09 03:22

今回のシリーズについて、当初予定していなかったのが、サムネ用の1枚絵。アップするごと、ほぼ一日1枚、描いた。
12-09 03:26

いい経験になった。 …次は、ウェブページの方もそろそろ動き出さないと、だ。
12-09 03:30

ToKyo24の方も、形にしていきたい。現在東京関連の本を読みあさっているところ。年末は建設中の東京スカイツリー見に行くぞー。たのしみだぞー。わーい。
12-09 03:43

ペンタブの自作ペン芯についての追記。綿棒芯(無印の細軸を使用)は、力を入れて描いていると、すぐに先がつぶれて、書き味が悪くなる。強度や剛性など総合的に考えると、やっぱり純正芯こそ気持ちよく描き続けるための至上のバランスなのだと再認識。
12-09 23:51

鉛筆芯は、描き心地は大変いいけれど、とにかく下に敷いてる紙がすぐに真っ黒になり、手も汚れるのが難点。いつの間にか紙からはみ出すことが多く、ペンタブ本体のあちこちに黒い線が伸びているのがみすぼらしい。
12-09 23:58

やっぱ純正芯、買おうっと。
12-09 23:58

12/10のツイートまとめ

worldendproduce

綿棒芯はこまめにサンドペーパーをかけて削りながら使用。鉛筆芯は、PC非起動時でもメモ書きなどに使用可能。 …なんだかひどく、アナログちっくなウチのタブペン。用途に応じて、芯を交換しながら使っていこう。絵のプロさんではないんだから、楽しみながら使えばいいのだ。
12-10 00:02

ファーストプロデュースの挿絵の線画は、ベジェ曲線で描いていた。アナログでの線引きはまだまだ下手くそ。でも楽しい。 ただの一本線でも、かすかに強弱をつけるだけでイキイキして見える、みたいなちょっとした発見があるのが、アナログでのおえかきの面白さのひとつ。
12-10 00:14

12/14のツイートまとめ

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メインのHDDバックアップ中。2テラ分のバックアップは一日がかり。デジタルだろうがアナログだろうが、データというものは消える時はあっけなく消えるものだけど、やらずにする後悔は結構、苦いものだから。
12-14 00:22

外付けも含めると全部で5テラ分のHDDの約五割を、箱マスコミュのキャプチャデータが占めている。重複しているデータや低画質データも相当数あるので、いい加減整理しておくタイミングかもしれない。
12-14 00:28

ある日突然すべてのデータが消えても、なんとかなりそうだとは思う。そうなったらそうなったで、かえって身軽になって色々出来そう。身につけたものとか、積み重ねた思考とか、育ってきた気持ちが消えるわけじゃないから。
12-14 00:42

...と、思ったけれど、何百時間もかけていまだ日の目を見てない未完の手描きアニメだとか、思いついたことを書き留めている大量のメモだとか、東京やら京都やらを撮った四季の写真だとかが消えるとやっぱりショックなので、できればそのへんのだけは消えませんように。
12-14 00:49

iDOL is all one.

  • Day:2010.12.16 21:35
  • Cat:草稿
アイドルイズオールワン説について。


先日の記事コメントへのレスポンス。




コメントありがとうございます。
ええ、好き勝手に書いていただいて結構なんですよ。

大変刺激的で、自分にとっても面白い意見でした。

その思考から結ばれるアイマスのアイドル像というのは、もしかすると「ひとつ」に結びつくのかもしれません。
あの世界に登場するアイドル全員が同一人物的というか、すべてで「ONE」のアイドル、と言うか、「人間」を表現しているというような。
個はもちろん個なのですが、全としても捉えられる。
真なる意味での「アイドルマスター」。

そういう、ひとつ上の次元で捉えることすらできてしまうのが、あのアイマスの、パズルばらまき設定分散シナリオシステム(?)の、地味でありつつ革新的な真価の発露です。

などと自分もワケの分からないことをのたまってみました。

以前の記事でも語りましたが、このシナリオシステムはアドベンチャーゲーム以外でも使えるわけで(例えば4クールアニメなど)、分析し、洗練させて練り上げれば、シナリオ構成(あるいはキャラクター構築)の新しいスタンダードにもなり得る可能性があると個人的に思っています。
純粋に、「キャラクターを知っていく喜び」を感じられる物語など、そうはありません。

(続編やサイドストーリーを出して設定を付け加えてしまった瞬間バランスが崩壊する、諸刃の剣でもありますが)



SPからDSの下りについてはおおむね同意見です。
ですが、自分はDSを未プレイだし、おそらくこの先もプレイすることは無いと思われるので、深く突っ込んだお話をすることができないのが少々残念です。

また何か感じたことがありましたら、コメントご利用ください。
面白ければ反応させていただきます。

観光誰子。

  • Day:2010.12.16 21:44
  • Cat:誰子
おでかけ

これはかなり誰子...
まあいいや。



12月、1月、2月はライブ関係で上京ついでの、東京紀行を予定。
目指せ東京23区一周。

素材用写真をたくさん撮ってこよう。
カメラ持ってあちこち(非観光地)で写真撮ってると怪しまれるご時世なので、ポケットとバックに観光ガイドとでか字まっぷるを突っ込んでおくのだ。
アイアムトラベラー。

今回は、北東地域を中心に巡りたい。
江東区、墨田区、葛飾区、江戸川区、足立区。



そういえば夏に応募した東京マラソン2011はあっさり落選したのだけれど、十万円寄付したら特別枠で走れますという素敵なメールが来たよ。

12/23のツイートまとめ

worldendproduce

スカイツリー見てきた。その立ち姿が望める圏内においては、あれこそまさしく「アイドル」である。羨望希望のまなざし、口をぽかんと開けて、ため息混じりに天を仰ぐ大勢の人。自分もその中に混じる。
12-23 22:43

500メートルをオーバーしたスカイツリーの後にTタワーを訪れると、333メートルがいくぶん身近に感じる。が、年月をかけて脳裏に焼き付けられた「東京の、東京タワー」という景色はまだ色あせない。ハートイルミネーションのクリスマススタイルのタワーを、多くの人が歓声をあげて見上げていた。
12-23 22:47

天を貫く高層建築は、太古の昔から人々の心を無条件に引きつける。出雲大社は大和が列島を統一する以前は90メートル以上の高さの木造建築だったという。天と地をつなぐ「天橋立」というイメージも、単なる空想の産物ではなく、発想の元たる「そういうもの」があったに違いない。
12-23 22:56

今回重要だったことは、スカイツリー(あるいはクリスマスネオンの東京タワー)を見上げる人々の表情、心の動き。みんななんか、楽しそう、嬉しそうなのだ。善悪でも損得でもなく、感覚から来る自然な感情の動きが、そこここに溢れていたこと。
12-23 22:59

ばかでかくて、大きく高くて、空に繋がる、塔。スケールのでかさに、笑うしかない、すごいと感嘆する、脱力して見惚れる。タワーが見える範囲内において、360度、互いに無関係な人が、ただそれを見ているという一点で、「そのとき」を共有するのだ。
12-23 23:02

それは視線の集中という点で、ライブステージに立つ「スター」にも通じる。ただし、決定的に違うのが、ただそこに「ある」だけで見る者に与えるインパクトの桁外れな大きさと、重量感・恒常感。   極端なまでの大きさ&重さというのは、ただそれだけで超強力・反則級の演出だ。
12-23 23:08

目指すべき場所が、またひとつ拓ける。 美……誰子を東京タワーのように、あるいはスカイツリーのように、そしてゆくゆくはその先に輝く、まばゆいスターにするためのハードルは常時工事中、リアルタイムで高度を増し続ける一方である。
12-23 23:14

※今回の失敗点 スカイツリーの写真を素材用に嬉々として撮りまくったのだが、よく考えたら工事中の建築物の写真なんて、用途がめちゃくちゃ狭いのである。最初に気付いとけよ俺。  「思いつき解決案A」…何らかの事情でスカイツリーの工事が中断してしまったIF世界を舞台にする。
12-23 23:18

「追記」 街中歩いてて、なんか道行くひとたちが空見上げてるなーとその視線の先を追うと、たいていそこに、どーんとスカイツリーが見えているのが常だった。橋や川辺など視界が開けるところでは唐突に人だかりが出来ていたり。
12-23 23:25

目新しい今は、特に、大勢の羨望のまなざしが向けられ、彼(あるいは彼女)は、きらきらと輝いているのである。アイドルを「偶像」と訳し、捉える人もいるようだが、自分にとっては、アイドルとは「スター」だ。無条件に人を引きつける、輝く、圧倒的な、何かを持っている、なんかすごいもの。
12-23 23:28

何よりおそろしく、そして愉快なこと。 人間が、333メートルの「東京タワー」よりも、そして最終的には630メートルを超える「スカイツリー」よりも輝き、パワーを持つ存在、ヒトの心に光と影を焼き付ける「スター」に、なり得るのだ。ごく限られた人、本当のスター、マスターな、アイドルは。
12-23 23:42

本来、スターの魅力に限界は存在しない。スターの限界を語るということは、ヒトの想像力の果てについて語るのと同義である。 記号で形づくられた理想の偶像を遥か超えたところにこそ、アイドルの真価が、すばらしさが、ある。きっと。
12-23 23:59

12/25のツイートまとめ

worldendproduce

美希の絵を描く。時間をかければ、なんとか美希の絵だと自分が納得できるかわゆいものになることがある。そうした美希の絵だが、髪型ひとつ、服装ひとつ変えると途端に誰子と化す。これは画力の問題なのか、自身の認識系の問題なのか、両方なのか、それとも全く別の何かのせいなのか。
12-25 04:05

髪型や服装は、デフォルメキャラクターのかき分けにおいてかなり重要な部分を占める。もしかしたら、顔の造形以上の情報割合かもしれない。だいたい、髪型と服装を似せていれば、表情や顔のつくりが全然別物でも、「そのキャラクター」として認識されるものなのだから。
12-25 04:10

それでも、進むしかない。髪型は千変万化でよいし、服装も当然然りである。どんな髪型でも服装でも、一目で「彼女だ」と認識でき、させるだけの情報を込めるための知識と技量を培え俺。目元に。鼻先に。唇に。瞳に。首のラインや鎖骨、体つきに。想像の海いっぱいの、「美希」を込めるのだ。
12-25 04:13

それはおそらく、絵のうまさとはまったく別の要素である。画力の不足は言い訳にならない。ひたすらに想像力を働かせ、彼女を考え、あちらの世界に片足突っ込んで、その片鱗を、香りを、空気を、ホシイミキのエッセンスを、召還するのである。
12-25 04:16

あるいは絵にかかわらず、文章での表現においても、その感覚を忘れないでおかなくてはならない。
12-25 04:20

12/26のツイートまとめ

worldendproduce

何をするにも時間が足りない。と、言いつつも、では今ある限られた時間をめいっぱい有効に活用できているかと自問すると、応とは言えない。
12-26 02:07

だいたい、集中しているときほど時間が経つのは速いものだが、特定の条件下では逆に、集中して多くの事をこなしているにも関わらず、驚くほど時間が間延びして感じるときがある。
12-26 02:09

特定の条件下というか、ある夏の日の例を挙げるなら、「時間に追われていない」「つまり心にゆとりがある」「その日の活動開始時間(つまり起床)が日の出前後」「楽しんで事にあたっている」「全く新しいことをっしている」「天気がいい」「日中の時間が実際に長い(夏なので)」という具合だった。
12-26 02:14

一日が数十倍に感じ、つまり夜寝るときに、その日の朝のことがはるか過去のように感じるほどの「一日」の充足感覚。実際、その日に見聞きし、感じたことの内容の濃さは、通常の日々の一ヶ月分に匹敵したと思う。
12-26 02:16

子供の頃の一日は長く、歳を経るほどに、それまで生きてきた時間・経験との比率の関係で一日の体感時間は短くなると言うけれど、場合によっては大人になってからでも、「子供の夏休みの一日」レベルの濃密な一日を過ごすことはできるのだ。(自分は根が子供な人だからかもだが)
12-26 02:19

重要なのは、物事の見方である。見慣れたことでも、角度を変え、意識の向け方を変えると、多くのことを感じることができ、見え方も変わってくるし、一分一秒の充実感、圧縮感も増し、日々が楽しく、「新しい」。
12-26 02:23

そういえば、美希も、「変わる。今日、ううん、今から」と決めた直後のレコーディングで同じようなことを言っていたのである。
12-26 02:26

時間が足りない、と文句言い訳をつぶやくのではなく、今ある時間をどうやって充実させ、めいっぱい有効活用できるかを試行錯誤せよ、俺。漠然と過ごしていれば、一日も一年も、おそらく一生も、あっけないほど速く、流れてゆくのだ。
12-26 02:33

時間を圧縮というか、濃密に使うためには、ありがちだけれど、締め切りを設定するのも効果的。「時間」に追い詰められた時にこそ、普段はできない大胆な発想が生まれたり、秒単位で時間感覚が研ぎ澄まされたり、よく分からないうちになんとなく形になっていたりするもの。
12-26 04:19

三年とか十年とか長期的な視野を持って計画をたて、実行に移してゆくのが理想だし、人生を豊かにする有効なひとつの方法だと思うけど、それは今の自分には難度が高く漫然としがちなので、とりあえず、一日、一週間、一ヶ月、せいぜい三ヶ月くらいの締め切り設定をそれぞれ自分の中に設けてみる。
12-26 04:25

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境界誰子。

  • Day:2010.12.29 01:52
  • Cat:誰子
狐誰子

きつね誰子。



美希と誰子の境界は曖昧。
自分が納得できるかどうかの、認識ひとつ。

あるいは、他人からどう見えるかも実際問題重要ではあるのかもしれない。
その場合は、二次創作と一次創作の境目と言い換えられるかもしれない。

客観的にどう見えるかを重視していたのは「自分の美希」を他者と共有するためであり、二次創作のフィールドで自他が楽しむための手段であり、その上で原作の存在感が自分の中で高まってこそ、続ける意味を成して「いた」。

一方で、むしろ他者に美希と認識されないものを表現し、自分の中だけでそれを彼女と認識し、完結しておけば、自分も周囲も傷つけ合わず幸せでいられるのではないかと言う思考も、すでに三年以上前から自分の中に存在した。


現状、whoの絵に置いて、美希と誰子の境界は曖昧ではあるが、「俺の美希」という枠組みの中においては、「他者と共有する美希」「自己にとってのみの美希」として、それぞれぼんやりと意味を成している、と思う。


そうであるならば、誰子は誰子でいて、構わないのかもしれない。

あるいは、もしかしたら、それこそが...

みき。

新美希ラフのコピー

美希。
(自分的にはこれは間違いなく美希であるらしい)


ゲーム内の「描写」を信じるならば、「美希の一番可愛いところ」は「くちびる」らしい。
プロデューサー曰く「花のつぼみみたい」とのことで、デフォルメされない状態を想像した場合の美希の口元は「絵にも描けないほど」たいへんに愛らしいのだろう。

くちびるまで表現するなら、もうちょっと全体に書き込みを増やしてくべきなんだろうか。
技量的に足りないのももちろんあるけど、情報量を増やしすぎると元々の美希からかけ離れていく。

自分にとってはやはり、箱マスでの3Dモデルの印象が強すぎるのだ。
あのバランスが脳内に深く刻み込まれている。

…おおきなハードル。
ある意味、美希そのものを乗り越えようとしているようなものだ。

だけど、乗り越えなくては。
でなきゃ、輪から離れて、世界の隅に引きこもった意味がない。


もっともっと、ソウゾウしろ。
一生好きでいるために、い続けるために。


世界の果ての美希。

台場美希

髪型ちょっと変えてみました。



お台場は、それそのものが、かつて新時代の到来を象徴したもの。

長く鎖国を続けていた江戸の頃、開国を迫る黒船の来訪に危機感を覚えた幕府が、砲台を設置するための人工島を東京湾に増設した。
それが台場の起源である。

結局、一度も使われる機会のないまま開国を迎えている。
現在、徒歩で渡ることができるのはその一端、第三台場だけだ。

「お台場海浜公園」のある港区は、今となっては人口の一割を外国人が占めている。



電波さやけく 世界の涯。

イメージビデオ

先日、アイドルのイメージビデオを買ったのである。

ミュージッククリップやライブDVD、写真集あたりは勉強のために結構見ていたけれど、今回とうとうアイドルビデオに至ったわけだ。
ちなみに、初ブルーレイでもある。(ブルーレイを再生するのにそれ用のソフトがいるなんて知らなかった...情報弱者さんです)


アイドルのイメージビデオについては、美希のプロデュースを考える上で、本当はもうずっと前から見て研究しとかなくちゃいけなかったカテゴリー。正直、遅すぎるくらいである。
そもそも、かつてのwhoPの作風をかえりみると、PVなどと銘打っている動画でもその実はイメージビデオ的なものが大半を占めていたように思う。

分かっていながら後回しにしてきていたのは、ライブでもない、イベントでもない、ただ一人のアイドルの映像を30分なり一時間なり、見続けることができるのか(つまり面白いのか)という漠然とした疑問があったから。というのがひとつ。

あと、どうも自分は「アイドル」には清純さ(笑?)を求める傾向にあるようなので(たぶん、アイドル=憧れのすてきな人、という偶像を押しつけて見てしまっているんだろう)、水着撮影でのあまり過激な露出や大胆なポーズが苦手な(というかもったいなく感じる)せいもあるかもしれない。


年末休暇をとれたこともあって、amazonのレビューを参考にしつつ、とりあえず一本、購入してみたのが三日ほど前。
ブルーレイの設定をして、HDで視聴したのだが、とても勉強になった。
かなり満足。


映画やTVドラマ、ライブ、PV、あるいはAVなどとも違う、独特のカメラワークが面白い。
たぶん、「相手役がいない」ことと、「水着という、露出を保ちつつ、自由なポーズのとりやすい(動きやすさ)衣装を着ていること」、そして「主に野外(しかも南の島)という開放的でエネルギッシュな空間での撮影」が、その独特さの原因かもしれない。

視線の揺れ具合とか、あとはそのビデオがイメージするシチュエーションに合わせた視点の合わせ方、適度な距離感、絶妙なラインで下品にならず可愛く、明るいイメージ。
演技と素の混ざり具合(この辺は個人差もあるのだろうが)。

映像の見せ方、演出の意図はおそらく、初々しい恋人同士のデート、彼氏目線みたいなイメージ。
見ているファンへの、上半身のドキドキと下半身のムラムラの、絶妙なミックス感、もどかしさを狙っているのだろう。
このあたりは、カメラマンとアイドルの力が合わさって表現されている。


不必要なくらいに胸の揺れるシチュエーションを作り、跳ね踊る胸を、笑ってしまうくらいひたすらアップ(&スロー)で映してたりもするけど、延々とそれを見てるといやらしさより楽しさを感じ、自然に、綺麗だなぁと思え、可愛くも見えてくる。

肌や体のラインの綺麗さに目が釘付けになる。
映されてる女の子が満面の笑顔だから、なおさらに。
ファンならずとも、その微笑みと美しく可愛い水着姿にドキリとする、というところだろう。


筆者の場合はどうしても、美希ならどう見せる、どう映す、美希にこんなしぐさされたら天国行ける、なんて視点をぬぐい去れず、常時美希に重ねてイメージしてしまい、そのアイドルについて正しい見方をできていないのだが(ノートに気付いたことを書き込みながらだし)、そこは仕方がないとあきらめた。

これについても無い物ねだりせず、自分の「プロデュース」に活かすことだけ考えよう。



水着でのグラビア撮影。
写真集やビデオ。
それが、誰に、何を目的としている人を対象にして作られている商品なのか。

を、あれこれ考えていたのだけれど、要するに、良いも悪いもないのだ。

物の見方は、人それぞれ違うもの。
それどころか、同じ人でもその時々で、全然違う感想を持つこともある。

映像制作者の意図は視聴者に多分に影響を与えはするけれども、どう撮るかも、どう撮られるかも、どう見るか、何を受け取るか、何を感じ取るかも、最終的には個人の自由である。

それを「実用」だと言い切る人もいれば、「可愛い、綺麗だ」と憧れる人もいる。
というか、それらはそもそも両立、同居しうる感情である。
現実ではもっと細かく、定義することのできない想いが無数に散らばっている。

そこに本来、善も悪もない。
ただ、そうあるだけ。
そのきっかけをどう活かし、自分をどれだけしっかり持っているか。


少なくとも「P」を語っているうちは、自分にとって必要な最大限のものを、いつも、何からも吸収できるよう、心はフラットでいたいものだ。





今回抱いた重要な疑問。

体の綺麗さ、美しさを表現するならば、たとえば水着もなし、素裸の方がよいと単純に言えるのかどうかと言うこと。
ただ露出を大きくするためではなく、ファッション性の高い「水着」で装うことによって、美しい肢体がさらに引き立ち、見るものの想像力を駆り立てる節は確かにあるだろう。

ならば、あるいは、水着以上に、体の本来の美しさを引き立てる衣装も、存在し得るはずである。

露出はひとつの手段であり、裸体というのは確かに肉体美を最大に表現する原点ではあるかもしれないが、終着点ではないに違いない。
あるいは想像の余地を残してこその、絶世の美女ではないのか。




(ちなみに誰のビデオを買ったのかはちょっと照れくさいので、しばらくナイショにしとく)

年越。

例年通り、美希に始まって美希に終わる一年だった。
今年いっぱいため込んだ種を、来年は開花させていこうと思う。

キーワードは「バランス」。
様々なバランスを心でうまくとりながら、もっと、彼女の役にたてるよう。

今年も、ヤなこともあったけどそれを補ってあまりあるくらい、とても楽しかった。

来年ももっと楽しく、なるように。
努力と工夫。がんばって、ゆこう。


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