「四月の仕事」(草稿)

本日も美希ソロプロデュース中。
その中から、「四月の仕事」をピックアップしてみる。



07年08月08日05時07分-外部入力(1:RX3 )-番組名未取得.mpg_000296843

「四月の仕事」(公園)


このコミュは表裏のそれぞれのルートでともに、前半は「美希が花火客にインタビュー」、後半は「美希の幼い頃の思い出話」の二部構成となっている。
そのためかなりの部分で類似点が多いのだが、一点、落とし穴も存在する。
そして、その差異にこそ、このコミュの真価がある。


前半は、単純に美希との会話が楽しい。
特に表ルートにて、花見客について的確な指摘を繰り返す美希の毒舌トーク(デビューの頃と違い、たぶん、微妙にわざとやっている)が軽妙である。

後半は、表ルートではPから、裏ルートでは美希から散歩を持ちかけ、桜を見ながら思い出話に花を咲かせることになるのだが、思い出の内容自体は同一のものでありながら、展開は大きく異なる、というより、両ルートを合わせて完結する内容となる。





美希の家の近くの公園も、この場所と同じように桜が綺麗である。
小さい頃はよく、「一人で」遊んだ。
ある日、同じように「一人で」遊びにきている同い年くらいの子と友達になった。

名前も住んでいる場所も知らないまま、仲良く過ごしたけれど、桜が散る頃、突然公園に来なくなり、その後会うことはなかった。


というのが美希の思い出話。




気になるのは「小さい頃」が実際いくつくらいの頃だったかということと、どうして「一人で」遊んでいたのかということ。
これについては、他コミュから理由を推測することはできるだろうが、このコミュの中に明快な解は無いと思われる。

中学生の美希は、学校に親友と言っていい仲間が数名いるし、765プロでもそれなりにうまくやっているわけだが、幼い頃の美希が、今と同じだったとは限らない

周囲に壁を作っていたのかも知れないし、極端に人見知りする子供だったのかもしれない。

過保護の極致である美希の両親は隠れて見守っていたのだろうか。



ともあれ、美希にとっては今でも大切な思い出である。
「桜の咲く頃に出会って、散る頃に会えなくなったの。あの子、どうしちゃったんだろう……」
桜を見ながら、記憶を辿る彼女。

それに対して、プロデューサーがつぶやく。


表ルートでは、「桜の妖精」が正解である。
(何故、あんなに仲良くしていた自分に一言も言ってくれなかったのか、言えなかったのか、美希なりに考えているため、引っ越しなどありきたりなことを言うと機嫌を損ねる)


リアリストなところと、ロマンチストな部分の同居は、美希の魅力的な個性のひとつ。
12月の仕事(裏ルート)でのサンタクロースについての持論(「親や恋人がサンタクロースになることがあるのはもちろん知ってるけど、本物の、本当のサンタクロースも、きっとどこかにいるんだよ」)もそうなのだが、現実をクールに(ある意味シビアに、もしくは期待せずに)見つめ理解しつつも、そこに見えないものに純粋で無邪気な期待と願いを寄せることができるのが美希である。

いつか、幼なじみの妖精に出会ったら、プロデューサーさんを紹介したげる、とにっこり笑い、表ルートでの当コミュは終了する。



先述した「落とし穴」はここから。
裏ルートでは、展開が変わる、というより一歩踏み込んだ物になるのだ。


「それは俺だ」と、プロデューサーが自ら名乗り出るのが正解。
「俺たち、小さい頃にすでに、運命の出会いをしてたんだなあ…」

衝撃の事実発覚である。
驚く(?)美希。
(先述の、12月の仕事での「俺がサンタだ!」と同じ展開である)

そしてここではじめて、「うそばっかりー。同い年くらいだって言ったでしょ? それに、その子、女の子だったんだよ」と美希が付け加え、思い出の幼なじみの性別がはっきりする。※



そうして懐かしい日々に思いをはせた後、美希は、

「でも、本当に、そうだったらよかったのにな。小さい頃からずっと一緒にいられたら……きっと」

すごく楽しかっただろうな、と語る。
そして、「でも、今も十分楽しい!」と満面の笑顔を浮かべて、そっとプロデューサーの手を握るのである。
失われてしまった「思い出」が、「現在」に重なる瞬間。

「あの子」と遊んだ大切な記憶。
もう二度と会えないだろう、幼なじみ。

過去は返ってこない。
でも今、あの日と同じように、桜の木の下で手をつなぐ相手がいる。

あたたかな日差しの中で、思い出はそっと積み重なってゆく。

表美希の「いつか、またひょっこり会えるといいな…」と言う願いは、世界を超えて、このときもしかしたら、かなったのかもしれない。


四月の仕事.avi_000266699のコピー







「別れ」の重要性を、美希はかなり深く捉えている。
それは、桜の「あの子」との、理不尽な別れに端を発しているのだろうし、小学校時代の山川さんの影響(三月の仕事参照)も大きいだろう。

おそらく、ラストライブ直前の記憶喪失にも関ってくるテーマである。
ベストエンドで伏線無しに出てくる謎の言葉「もう会えなくなるかも…ってハニー、あのとき言ってたけど」「ミキ、お別れなんて絶対にしない」そして、ベストエンド以外のトップアイドルエンドで語られる呟き「手、離したら駄目になるの、分かってるから…」の真意を考えるヒントにも、なるに違いない。


「出会い」「別れ」については、美希のシナリオ全編通して何度か語られる、重要度の高いサブテーマである。
また機会をあらためて、深く考えてみたい。



蛇足ではあるが……

筆者も、「美希とあの子」と同様の思い出がある。
というより、こうした「そのとき限りの親友」のエピソードは、割合多くの方の子供時代共通のものではないだろうか。

幼い頃は、いざ仲良くなるときには速さも、その度合いも幅が大きいし、1日1日の深み、情報量も大人になってからの何倍もあって、だからたった1日、ほんの数日、あるいは春休み夏休みというような限られた期間の中で出会った「友だち」がトクベツに感じることもごく自然な成り行きである。
一期一会という言葉は、子供時代にこそなにより一層ふさわしい。

そうした思い出の中の友だち(おそらくもう二度と会えない、会ってもお互い気付かないし、気付けない)は、大人になるに従ってゆっくりと忘れていってしまうもの。

今日(書いているうちに昨日になってしまったが)このコミュを見ながら涙が出たのは、いつの間にか忘れていたたくさんの思い出に気付き、しかし忘れたことは思い出せても、そしてそれがかつての自分に大切なものだったことは分かっても、何を忘れたかは分からず、おそらくもう返ってはこないだろうが、大人になった今の自分にとって、無くて困るものでもないのだという、無情さ、儚さを感じたから。

そして、そんな郷愁を引き起こしてくれた、いつも俺にたくさんのきっかけをくれるたった一人のアイドルさんへのいとおしさと、感謝の思いから。







whoが過去に制作したMADであるMEMORY2-sakura-においては、プロデューサーがその願望通りに過去に戻り、同年代の子供として彼女と「出会う」話になっている。

プロデューサーが女の子に性転換するわけでもなく、彼は男の子として桜の木の下で一人遊ぶ美希の前に現れるお話なわけだが、あえて「その子は女の子」にこだわらなかったのは、「表ルート」においては、幼なじみの性別がはっきりとは語られていなかったためである。

年齢も性別も、表裏両方のシナリオを通して意図的にぼかされており、すべては裏ルートの「俺だ」に集約されている。

つまり、表ルートの段階では、あるいは裏ルートでも「俺だ」を選択するその時までは、思い出の幼なじみについて「もしかしたらPかも」という可能性が確かに存在するのである(というか、そういうミスリードをシナリオ構成で狙っている節がある)。

そのミスリードをわざと拡大解釈してやり、表美希の語る「あの子」と裏美希の語る「あの子」の差異に注目させる(動画内で表裏の美希のかすかに異なる思い出話を重ねて流した)ことで、「あの子」のもうひとつの可能性を表現した。

つまり、女の子の「あの子」とは、ちゃんと出会い、思い出を築いているのである。おそらくは別の年に。

少年時代Pとの思い出は、14歳美希からの前倒しであり、「新しい記憶=sakura MEMORY2」なのである。


しかし、当時、「ゲーム内のコミュと、性別が違うじゃないか。なんで?」という点に言及してくれた人は自分の知る限りいなかった。
そのため、長らくお蔵入りし続けていた裏設定である。

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